スマホのように「必要な時に取り出す」必要がなくなる
では、この24時間寄り添うAIが、私たちの生活をどう変えるのか。その最たる変化が、小説の中でも描いた「記憶の拡張」です。想像してみてください。数カ月前に一度だけ会った人の名前。そのときに聞いた「娘さんが小学校に入学した」という何気ない世間話。そんな、多くの人の記憶からはこぼれ落ちてしまうような些細な会話の断片を、AIは漏らさず記憶しています。そして次にその人と目が合った瞬間に、そっと耳元で教えてくれるのです。
さらに、AIはあなたの記憶をサポートするだけでなく、いま置かれている状況をリアルタイムで認識し、適切な提案もしてくれます。お腹が空いたと言えば、以前テレビで見て気になっていた最寄りの飲食店を提示してくる。移動の際には、最もストレスのないルートを案内してくれる。
24時間あなたと共にいるAIは、あなたの好みの変化にも敏感です。時には良き相談相手になり、時には他愛のない雑談相手にもなるでしょう。これまでのスマホは、ポケットから「使うときに取り出す道具」でした。しかし、次世代のプラットフォームにおいて、AIは意識せずとも「常にそこにいるパートナー」へと変わります。私たちはいま、人生そのものを共有する「新しい知能」を手に入れようとしています。
人類は「信用の損失」防止にお金を払うようになる
小説に登場したSACHIのようなAIアシスタントサービスは、本当に普及するのでしょうか。ここでは「なぜこのサービスが流行るのか」を、ビジネスモデルの観点から考えてみましょう。
この小説の主人公は、人の顔と名前を覚えるのが苦手な営業マンです。実はそのモデルの一部は私自身で、私も人の顔と名前を一致させるのが致命的に苦手です。街なかやイベントで親しげに話しかけられたとき、冷や汗をかきながら必死に記憶を掘り起こす。そんな経験は何度もあります。
特に私が拠点を置くアメリカ社会では、名前を呼んで挨拶することは相手へのリスペクトを示す重要なマナーです。名前を忘れることは、ビジネス上の信用を失うことにつながりかねません。だからこそ、もし小説に登場したSACHIのようなAIアシスタントサービスがあるなら、私は月額数万円を払ってでも喜んで使います。
私にとって、名前が思い出せない気まずい状況は大きなストレスですし、たった一度の「信用の損失」を防げるなら、あるいは相手の心象をよくできるなら、それくらいのコストは十分に見合う投資なのです。
