医療界を変えた「自称エリート」
個人主義的で利己的な考え方をする自称エリート医学生や医師が増えるにつれて、医療界は様変わりした。典型的なのがカルテの在り方で、患者を知るためのカルテでなくなっている。たとえば家族の病歴(家族歴)を書き込む欄が消えている。
家族歴を聞き出すことが「プライバシーの侵害」に当たると考える医師や厚労省の役人が増えたことが原因だろうが、これは医療的にも明らかな誤りである。
高血圧患者の治療一つとっても、家族歴の把握は不可欠だからだ。たとえばある高血圧患者の祖父母と両親(合計6人)のうち3人が脳血管障害になったとすると、その患者も将来、同じ経過をたどる可能性が極めて高い。
これは家族の病歴を聞きさえすれば得られる貴重な医療情報である。それを聞かないことが医療的に正しいはずがない。
また職歴の記載欄もなくなってしまった。職歴は極めて重要だ。たとえばアスベストの作業に関わる仕事かどうかは診断時に絶対に必要な情報である。職歴欄がないのでそれすらわからない。単に公務員とか会社員だけでは意味がない。
そもそもプライバシーを気にして家族歴や職歴すら聞けない医師が、患者と向き合って信頼関係を築けるのだろうか。医師と患者の絆が切れかかっているように私には思える。
某私立大教授が医学生に絶望した理由
「うちの大学には授業料だけ払って遊んでいる大量の医大生がいる。僕の仕事で一番重要なのは、毎月、父兄を集めて『車を持たせるな』、『遊興を禁止せよ』、『女性に近寄るな』と訓示をすることなんだよ」これは私の同輩の某私立大学病院副院長兼教授の言葉だが、この大学には国家試験不合格者だけのクラスがあった。
このような医学生が将来、患者のことを親身に考える医師になるだろうか。そう考えた彼は、素行の悪い医大生には極力その是正に努めたが、結局、「いまどきの医学生」に絶望して大学を退職し、開業してしまった。大学の中には、学生の質に目をつむり、やれ「特別授業だ」「各教授宅に合宿だ」と医学生の尻を叩いて医師国家試験の合格率を上げることに熱心なところもある。
医師国家試験の合格率を上げないと学生が集まらず、大学経営に関わるからだ。医師国家試験には臨床医学と基礎医学の問題が出るが、いまの医学生や若い医師は全体的傾向として臨床医学全般に関する知識が大幅に不足している。
患者に直に接する機会が少ないからだ。そもそも臨床医学が不得手ということは、患者を診察、治療する臨床能力が低いことを意味する。
現に、いま医療界では若い医師の臨床能力の著しい低下がよく話題になる。これについて大学の教育者は「医師国家試験の勉強が忙しくて臨床を学ぶ時間がないからだ」という言い訳をすることが多いが、これは真っ赤な嘘である。

