芸術の本来の姿は「反グローバル」「反資本主義」
現代アートに関わるなかで私がたびたび感じるのは、アートが資本主義やグローバリズムの論理にどれだけ取り込まれても、アートには本質的にそれらに抗う力が宿っているということです。その理由は、アートがもともとその両面をもつものであり、ひとつの正解に縛られない曖昧な存在だからです。
資本主義が効率や画一的な価値を求めるのに対し、アートには即効性がなく、その解釈は鑑賞者に委ねられます。それと同時に、アーティスト個人の視点や体験をアウトプットした究極の「ローカル」な存在でもあります。だからこそ、反グローバル的、反資本主義的な社会政策とも相性が良いという一面をもつのでしょう。
私の直島や金沢での取り組みは、現代アートや工芸を媒介にして街の価値を高めるプロジェクトでした。しかし、その目的は単に観光客を呼び込むことやアートの市場価値を高めることではなく、「そこに暮らす人々にとって魅力的な街をつくること」にありました。つまり、徹底した「ローカル化」を推し進めたのです。観光客にとって楽しい場所をつくるのではなく、住民が誇りを持ち、心地よく暮らせる街をつくる。それが結果的に外部からも注目を集め、経済的な成功につながるという逆転の発想でした。
現代アートが社会にもたらす価値
私は、直島や金沢での取り組みを通じて、アートと街づくりの相性の良さを肌で実感してきました。アートを媒介にすることで、資本主義の枠組みを超えた、持続可能な街づくりが可能になることも学びました。
現代アートが社会にもたらす価値は、単に市場での取引価格や観光収益だけでは測れません。それは、住民が自分たちの街に誇りを持ち、未来に向けて新しい可能性を感じられるような場所をつくる力です。反グローバル、反資本主義という姿勢は、アートが本来持つ力を最大限に引き出すための手段であり、それが直島や金沢の成功の鍵だったのではないかと私は思います。これからの街づくりにおいても、アートが果たす役割はますます重要になっていくことでしょう。


