六本木ヒルズの広場に巨大な蜘蛛のパブリックアートがある。その作者はフランス出身のアメリカ人アーティスト、ルイーズ・ブルジョワだ。美術評論家の秋元雄史さんは「彼女が生涯にわたって愛したモチーフのひとつが、この『蜘蛛』だった。彼女の作品には、自身の内面的な体験や感情が色濃く反映されている」という――。

※本稿は、秋元雄史『芸術の価値とは何か』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。

六本木ヒルズにある巨大な蜘蛛のアート
写真=iStock.com/tupungato
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2000年代に迎えた大変化

2000年代に入ると、アートの世界は大きな変化を迎えました。美術がかつて持っていた「美醜」や「造形性」といった価値観だけでは語れなくなり、コンセプトだけで成り立つ作品が増えていきました。特定の流派や潮流は消失し、かわって社会学をはじめとする他の学問分野と密接に結びついた表現が目立つようになっていきます。

こうした傾向のなかでアートの文脈に深く入り込むようになってきたのが、現代社会におけるポリティカル・コレクトネス(ポリコレ)の問題です。社会正義とは何か。それを各々のアーティストが考え、作品のなかにメッセージや物語、象徴として取り込む流れが生まれていったのです。

具体的には、フェミニズム、人種差別、ジェンダー、移民、障がい者など、これまで社会の主流から排除されてきた声に光を当てる表現が目立つようになりました。炭鉱で有毒ガスをいち早く感知するカナリアのように、アーティストは言語化される以前の「違和感」や「予兆」を自身のアート表現へと落とし込んでいくのです。

「多様性」と非常に相性がよい

その中核を成すのが「多様性」という概念です。アートは、作家個人の経験や心情をもとに自由に表現する営みであり、過去の規範や常識にとらわれない表現をとても大切にします。そのため、「多様性」という概念とは非常に相性がよいのです。

実際、現代アーティストたちがこれらの社会的な諸課題をテーマに制作を行い、さまざまな問いを繰り返し社会へと投げかけていったことで、こうした価値観は少しずつ社会全体に浸透し、やがて政策や制度設計のレベルにも影響を与えるようになっています。とりわけSDGsに代表されるような「多様性と包摂」といった考え方が国際的な枠組みとして整備されていった背景には、アートが長年にわたり、社会の周縁にある声や見えない問題を可視化し続けてきた積み重ねがあるといえるでしょう。