医者嫌い、健康に気を遣わなかった
そのうちに医師が参られました。ヘルンは「私、どうしよう」などと申しまして、書物を置いて客間に参りまして、医師に遇いますと「御免なさい、病、行ってしまいました」と云って笑っていました。医師は診察して別に悪いところは見えません、と申されまして、いつものように常談など云って、色々話をしていました。
ヘルンはもともと丈夫の質でありまして、医師に診察して頂く事や薬を服用する事は、子供のように厭がりました。私が注意しないと自分では医師にかかりません。ちょっと気分が悪い時に私が御医者様にと云う事を少し云いおくれますと、「あなたが御医者様忘れましたと、大層喜んでいたのに」などと申すのでございました。
ヘルンは書いて居る時でなければ、室内を歩きながら、あるいは廊下をあちこち歩きながら、考え事をして居るのです。病気の時でも、寝床の中に永く横になって居る事はできない人でした。
庭の桜が秋なのに咲いたワケ
亡くなります二三日前の事でありました。書斎の庭にある桜の一枝がかえり咲きを致しました。女中のおさき(焼津の乙吉の娘)が見つけて私に申し出ました。私のうちでは、ちょっと何でもないような事でも、よく皆が興に入りました。「今日籔に小さい筍が一つ頭をもたげました。あれ御覧なさい、黄な蝶が飛んでいます。(編集部註:長男の)一雄が蟻の山を見つけました。蛙が戸に上って来ました。夕焼けがしています。段々色が美しく変って行きます」こんな些細な事柄を私のうちでは大事件のように取騒ぎまして一々ヘルンに申します。それを大層喜びまして聞いてくれるのです。可笑しいようですが、大切な楽みでありました。蛙だの、蝶だの、蟻、蜘蛛、蝉、筍、夕焼けなどはパパの一番のお友達でした。
日本では、返り咲きは不吉の知らせ、と申しますから、ちょっと気にかかりました。けれどもヘルンに申しますと、いつものように「有難う」と喜びまして、縁の端近くに出かけまして「ハロー」と申しまして、花を眺めました。「春のように暖いから、桜思いました、あゝ、今私の世界となりました、で咲きました、しかし……」と云って少し考えていましたが「可哀相です、今に寒くなります、驚いて凋みましょう」と申しました。花は二十七日一日だけ咲いて、夕方にはらはらと淋しく散ってしまいました。この桜は年々ヘルンに可愛がられて、賞められていましたから、それを思って御暇乞を申しに咲いたのだと思われます。
ヘルンは早起きの方でした。しかし、私や子供の「夢を破る、いけません」と云うので私が書斎に参りますまで火鉢の前にキチンと坐りまして、静かに煙草をふかしながら待って居るのが例でした。

