申告漏れの「目利き」としてのAI
では、AIは税務調査の現場で具体的に何をしているのでしょうか。
誤解されがちですが、AIが直接税務調査の判定を下しているわけではありません。
国税庁の公表資料によれば、過去の申告漏れ事例を機械学習させた予測モデルを使って、「調査必要度の高い」納税者を抽出するのがAIの仕事です。抽出されたリストを見て、実際に調査に着手するかどうかを最終的に判断するのは人間の調査官です。
ただし、この判断の過程でAIが導入されたことの意味は小さくありません。
私が税務署に勤務していた頃、調査対象の選定はほとんど人間の目で行っていました。「この経費の増え方はおかしくないか」「収入金額に漏れがあるのでは」といった疑念があった場合、統括官の決済を受けたうえで税務調査の対象に選定するという流れです。
しかし、膨大な数の申告書について、つぶさに目を通すことは物理的に不可能で、どうしても大口案件や過去に問題があったケースにマンパワーが割かれていました。
AIが導入されるとマンパワーの限界を超えることができ、調査先の選定作業を効率化することができます。そうすると、税務調査にさける職員の人員も増えていくはずです。
結果的に、これまでは「うちは小さい(規模の会社だ)から大丈夫」と安心していた人も、税務調査のターゲットとなる可能性が高まります。
AIは申告書のココを見ている
では、AIはどのようなポイントを見ているのでしょうか。
国税庁はアルゴリズムの中身や具体的な判定条件を公開していないため、ここでは公表資料や専門家の解説から読み取れる傾向をまとめます。
第一に、「きりのよい金額」が並ぶ申告は、機械的に目立ちやすいと考えられます。たとえば、売上が「ちょうど800万円」、経費が「ちょうど200万円」のように端数のない数字が続く場合、実額ベースというより概算に近い可能性があると判断される余地があります。
第二に、同業他社(者)や過去の統計と比べて、利益率や経費構成が大きく乖離しているケースです。国税庁は申告書データを業種・規模・地域などで集計しており、その平均値や分布と比較しながら、特異な値を示す申告を抽出することが可能です。たとえば、「同じ業種・同じ地域の平均と比べて、この事業者だけ経費率が極端に高い」といったケースは、AIによるスクリーニングで抽出される可能性が高いと考えられます。
第三に、前年との比較で売上や経費に急激な変動があるケースです。売上が前年の半分になっている、特定の経費科目だけが突然数倍に増えている、といった動き自体は必ずしも不正を意味しませんが、統計的に異常値として検出されやすい項目です。AIは、こうした異常値をもとに調査候補として自動的にピックアップする役割を担うと考えられます。
なお、国税庁が公表している統計では、申告漏れ所得金額が比較的高額となりやすい業種として、現金取引が多い業種や、自由診療のように収入の把握が難しい業種が上位に挙がる傾向が示されています。こうした統計情報によって業種ごとのリスク特性をAIの分析にも反映されている可能性もあります。

