人生最期の瞬間をどのように迎えるのが理想なのか。80歳の医師・菅沼安嬉子さんは「人生の最後の迎え方は“ピンピンコロリ”が理想という人は多いが、私はそう思わない。本人は楽かもしれないが、まわりの人に『さよなら』をいうことができず、まわりの人にも悔いが残る可能性がある」という――。

※本稿は、菅沼安嬉子『80歳、これからが人生本番』(世界文化社)の一部を再編集したものです。

ベッドに横たわる高齢者
写真=iStock.com/KatarzynaBialasiewicz
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“別れ”をどう受け入れるか

ある時うちの診療所に、下痢が止まらないという70代の女性が来ました。他のクリニックに行ったけれど、下痢止めの薬を出してくれただけで、ちょっとよくなったと思ったらまた悪くなるというのです。そこで検査したところ、慢性膵炎であることがわかりました。

慢性膵炎の原因のひとつが飲酒です。そこでいろいろお話を伺っているうちに、お母様を亡くしたのをきっかけにお酒を大量に飲むようになったと打ち明けてくれました。「このことを他人に話すのは初めてなんです」というので、「私でよかったらなんでもお話ししてね」と促したところ、もう6年経つのに死を受け入れられないと、ぽつぽつ話し始めました。そして、お酒に逃げてしまう自分を責め、自己嫌悪に陥っているとも――。

話したことで少しは気が楽になったのか、「アルコールは禁止。脂ものも一切ダメ。心が揺れたらまたお話しにいらっしゃいね」といったら、ピタリとお酒と脂ものをやめてくれました。

しばらくすると下痢も治り、体調も改善されたそう。すると、気持ちも徐々に上向きになっていったようです。定期健診の際、友だちと出かけるなど、楽しいことを探すようにしていると報告してくれました。

「やるべきことがあなたを救う」

別れを受け入れるのには、時間がかかるかもしれません。その間、話を聞いてくれる人、悲しみを吐き出せる相手がいることが、多少なりとも救いになるはずです。人に甘えることを、自分に許してもいいのです。心を閉じず、少しでも人と接するようにしたほうがいいと思います。

もうひとつ心に留めておいていただきたいのが、「やるべきことがあなたを救う」、ということです。私は夫と二人三脚で診療所を続けてきたので、家でも職場でもいつも一緒。まるで双子のようにして生きてきました。ですから夫の病気がわかった時、夫がいなくなったら生きている意味がない、とすら思っていました。でも、慶應連合三田会会長(※)をはじめ、いろいろな役職をさせていただくなかで人との交わりが増え、環境問題に取り組むという今後の目標が生まれたことで、立ち直ることができたのです。

※慶應義塾大学の卒業生(塾員)による同窓会組織のトップ

どんなに落ち込んでいても、目の前にやるべきことがあったら、体と心、頭を働かせないわけにはいきません。時には、なんでこんな時にこんなことをしなくてはいけないんだろうと、つらい気持ちになったり、溜息が出るかもしれません。それでも自分を叱咤激励してなんとか動いているうちに、少しずつ別れを受け入れられるようになるはずです。特に効果があるのが、「人の役に立つ」ことです。

不思議なことに、人の役に立つことをやっているうちに、徐々に心が癒され、前向きになれるのです。人生の後半は、親や配偶者、友人などとの別れが増えていきます。なかにはペットロスから心の安定を失ってしまう人もいるでしょう。それでも命ある限り、私たちは生きていかなくてはいけないのです。そしてどうせ生きるなら、少しでも楽しく、イキイキとしていたいもの。あなたがいつまでもくよくよしていると、一足先にあの世に行った大切な人も、悲しむと思いますよ。