妻たちには殿様扱いされたが…

しかしヘルンのように神経質で気むずかしく、感情の変化がはげしい男に仕えるのは、普通のありふれた日本の女性では、容易に為し得ないことであったろう。真の『貞淑』とは、良人に奴婢ぬひ(編集部註:従者)としての善き奉仕をすることではなくして、良人の気質や性格をよく理解し、努めて良人に同化して一心同体となることの奉仕である。そしてそのためには、人の心理を洞察する聡明な智慧ちえと、絶えず同化しようと努めるところの、献身的な意志と努力が必要である。

『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』(筑摩書房)
『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』(筑摩書房)

ヘルンの妻であった日本女性は、もとより極めて聡明であったと共に、武士道ストイシズムの家庭教育から、非常な意志の力をもって努力した。彼女は自らそれを告白して、良人の気性をすっかり呑み込むようになるまでは、一通りでない努力をしたと言ってる。しかしよく解った後では、全く子供のように正直一途で、子供のように純情無比の人であったと言ってる。

実際ヘルンは――多くの天才的な詩人と同じように――本質的に子供らしい純情さと無邪気さを持った性格者だった。そのため夫人は一面において旧日本的な婦道と礼節とによって、うやうやしく彼に仕えながらも、半面においては彼を子供扱いにせねばならなかった。夫人にとってのヘルンは、最も信頼しんらいする良人であったと共に、一面ではまた『大きな駄々だだッ子こ坊や』でもあった。ヘルンの趣味はすべてにおいて庶民的で、儀式ばったことが嫌いなので、フロックコートなどの礼服を非常に嫌い、常に野蛮人の服と称し『なんぼ野蛮の物』と言っていた。それで学校に式のある時など、他の教師は皆礼服で列席するのに、ヘルンは一張羅の背広で押し通していた。

妻にとっては手のかかる駄々っ子

しかしそれではあまり体面に関するので、夫人が是非フロックコートを新調するようにすすめたが、がんとして中々きかない。それで夫人から『あなた、日本のこと、大変よく書きましたから、おかみで、あなためるためお呼びです。お上に参るの時、あなた、シルクハット、フロックコートですよ』などと、子供をだますようにして説き伏せられ、やっと礼服を新調したけれども、やはり少しも着ようとしない。それで式のある日などには、夫人が無理に押さえつけ、女中までが手伝ってさわぎながら、まるで駄々ッ子を扱うように、あやしたりすかしたりして、いやがるのを強いて着せねばならなかった。

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