妻は執筆活動のパートナー

こうした夫婦の生活では、読書が妻の重大な役目だった。ヘルンが学校に行ってる間、夫人は暇を盗んで熱心に読書をし、手の及およぶ限り、日本の古い伝説や怪談の本を漁りよんだ。夫人が書斎の掃除をしたり、家事の雑務をしたりする時、ヘルンはいつも不機嫌であった。『ママさん。あなた女中ありません。その時の暇あなた本よむです。ただ本をよむ、話たくさん、私にして下され』と言った。

20歳ごろの小泉セツ
写真提供=小泉家(無断複製禁止)
20歳ごろの小泉セツ、写真提供=小泉家(無断複製禁止)

しかしヘルンは、素読される書物の記事には、何の興味も持たなかった。すべての物語は、夫人自身の主観的の感情や解釈を通じて、実感的に話されねばならなかった。『本を見る、いけません。ただあなたの話、あなたの言葉、あなたの考でなければいけません』と常にいった。それ故多くのヘルンの著作は、書物から得た材料ではなく、その妻によって主観的に飜案化ほんあんかされ、創作化されたものを、さらにまたヘルンが詩文学化したものであった。

セツの学歴コンプレックス

それ故にヘルンもまた、自分の著作は皆妻の功績によるものだといって、深く夫人の労に感謝し、ある著述のごときは、実際に夫人の名で出版しようとしたほどであった。しかし夫人はあくまで良人に対して謙遜だった。彼女は田舎の程度の低い学校を出たばかりで、充分の高等教育を受けなかったので、常に自分の無学を悲しみ、良人に対して満足な奉仕ができないことを嘆き詫びた。