欧米の友人に日本の生活を自慢
こうした貞淑の妻にかしずかれて、日本での晩年を平和に暮した詩人ヘルンは、さすがに自らその寂しい幸福を自覚していた。彼はその故国の友人に手紙を書き、日本での生活実況を次のように詳述している。
曰く、学校の講義が終ると、車夫が人力車を持って迎えに来ている。家の玄関へつくと、車夫がとても威勢の好い大きな声で、『オ帰リイ』と叫さけぶ。すると家中の者がぞろぞろ出て来る。妻や女中たちが、玄関の畳に列ならび坐って、『お帰り遊ばせ』とお辞儀をする。それから座敷へ上ると、妻が洋服をぬがせて和服に着かえさせてくれる。まるで女の子が、人形を玩具おもちゃにするようである。私は妻の為通りに任せている。
それから少し休息し、書斎に入って仕事をする。晩食の時には、一家の者が集まって話をする。私が日本酒を飲むので、妻が酌をしてくれる。女たちはよく笑う。私も時々笑談を言う。仕事の多い日には、しばしば夜更しをして書きつづける。そういう時、妻はわざわざ私の所へやって来て、『遅くなりますから、お先へ休ませて戴きます』と言う、丁寧に三つ指をついてお辞儀をし、それから自分の寝床へ入る。度々のことで面倒だから、今度から止めにして、先へ勝手に寝ることにしろと何度も言うが、妻は婦道に背くと言い、なかなか承知しないので困っている云々(大意)と。
こうした手紙の中に、ヘルンの大得意な満悦さが現われている。実際彼の妻のように、良人に対して忠実な奉仕をする女性は、普通の西洋婦人の中にはほとんどなく、これほどまた男が殿様扱いにされる家庭生活も、西洋では考え及ばないことであるから、ヘルンの手紙をよんだ外国人たちが、いかにその日本の友人を羨望したかが想像される。ヘルン自身も、もちろんまたそれを意識して書いてるので、『どうだ。羨ましかろう』という自誇の情が、そうした手紙の言外によく現われてる。

