セツが記した「八雲の好きな物」

(セツの書いた)『思ひ出の記』の終盤に、八雲の人柄を端的に言い得た箇所があります。

〈ヘルンの好きな物をくりかえして、ならべて申しますと、西、夕焼、夏、海、游泳、芭蕉、杉、淋しい墓地、虫、怪談、浦島、蓬莱ほうらいなどでございました。場所では、マルティニークと松江、美保みほせき日の御碕ひのみさき、それから焼津、食物や嗜好品ではビステキとプラムプーデン、と煙草たばこ。嫌いな物は、うそつき、弱いものいじめ、フロックコートやワイシャツ、ニユ・ヨーク、そのほかいろいろありました。まず書斎で浴衣を着て、静かに蝉の声を聞いている事などは、楽しみの一つでございました〉

セツと成長した子どもたち、後列左2人目から三男・清、次男・巌、長男・一雄、前列左から長女・寿々子、セツ、一雄の妻・喜久恵 写真提供=小泉家(無断複製禁止)
写真提供=小泉家(無断複製禁止)
セツと成長した子どもたち、後列左2人目から三男・清、次男・巌、長男・一雄、前列左から長女・寿々子、セツ、一雄の妻・喜久恵、写真提供=小泉家(無断複製禁止)
小泉凡『セツと八雲』(朝日新書)
小泉凡『セツと八雲』(朝日新書)

ここに掲げられた、いくつもの事柄から、容易に語りきれないセツの想いが聞こえてきます。僕は松江で教員生活をおくりながら、八雲の足跡を追うようになりました。夫婦が暮らした時代の風情が残っているだけに、これらの端的な記述を思い返しながら、セツと八雲が直面した数多あまたの出来事の、人生の文脈がに落ちるようになりました。

八雲が世を去った翌年に(『思ひ出の記』を)書き始めたわけですから、セツは痛む心を抱えながら、一生懸命語りました。まだ36歳でした。子どもは4人。長男の一雄は10歳、末娘の寿々子は1歳になったばかりでした。悲しみから再起して、大黒柱を失った家庭を切り盛りせねばなりませんでした。

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