2人そろっていなければ生まれなかった商品

木原選手の人柄から感じ取るものがあったのか、六車さんの直感はミラノオリンピックで日本人ペア史上初の金メダルという快挙となって返ってきた。今回の五輪後はまだ来社してはいないものの、「絶対に来てくれると思います」と石川さんは語気を強めた。

六車さんは退職後に夢を叶え、名古屋市内で珈琲店を開いた。石川さんは「彼の知識は本当にすごいんですよ」と、今でも六車さんを頼りにし、相談することもあるという。取材日も、「これから六車と一緒にメッキ工場に行くんです」と言うから驚いた。六車さんは仕事、プライベートは関係なく、今もYS BLADESを陰で支えているのだ。

六車さんは現在、自分の店でブレードを販売している。この2人がそろっていなければ、YS BLADESはこの世に誕生していなかったかもしれない。

六車さんが営む珈琲店にて
写真提供=山一ハガネ
六車さんが営む珈琲店にて

「他社だったらやらないレベル」の利益

YS BLADESは小塚選手や宇野選手らトップスケーターたちが使用したことで評判が広まり、手に取る人が徐々に増えていった。2022年からはスポーツ用品の販売店でも取り扱いが始まり、2025年には、全日本選手権に出場した男子選手の実に半数以上がYS BLADESを着用している。開発から10年あまりで、多くのトップ選手に使われるまでになったのだ。

しかし、YS BLADESの2025年度売上はわずか約1000万円。利益の方はというと、「赤字ではないけれど、他社だったら絶対にやらないレベル」だという。では、なぜ山一ハガネはYS BLADESをつくり続けているのだろうか。

山一ハガネがメインで製造している自動車向けの金型部品は、同じものの量産ではなく、多品目に及ぶ。一つひとつに図面があり、プログラムを打ち込み、一度機械を動かし始めると数日間占有してしまい、他のものがつくれない。そこで機械を増やしてできることが2倍に増えても、受注数がいきなり倍にはならないため、今度は稼働しない時間がどうしても発生する。ジレンマだった。

しかし、ブレードのように自分たちの都合で生産計画を組めるアイテムがあれば、機械が空いた時間を有効活用できる。

加工途中のブレード
撮影=中谷秋絵
加工途中のブレード