金メダル支えた老舗特殊鋼商社
ミラノ・コルティナオリンピックのフィギュアスケートペア種目で、日本人初となる金メダルを獲得した「りくりゅうペア」こと三浦璃来選手と木原龍一選手。
2人が使うスケートシューズの刃の部分「ブレード」をつくる会社が名古屋にある。1927年創業の特殊鋼商社、山一ハガネだ。創業99年の老舗企業は、自動車部品の金型部品をメインに製造してきた。
この山一ハガネが開発したのが「YS BLADES(ワイエスブレード)」だ。北京五輪で銅メダルの宇野昌磨選手、ミラノ五輪で銀メダルを獲得した鍵山優真選手など、名だたるトップスケーターたちが愛用している。
しかし、山一ハガネはスケート用品の専門メーカーではなく、あくまでも特殊鋼商社だ。スケートの専門知識があったわけでもなく、一般消費者向けのBtoC事業の経験もほとんどなかった同社が、なぜメダリストたちに愛されるブレードをつくることができたのか? 社長の寺西基治さんと開発マネージャーの石川貴規さんに話を聞いた。
小塚崇彦選手のブレードに驚いた
山一ハガネのブレード製作は、バンクーバー五輪などに出場した小塚崇彦選手が2013年に来社したことがきっかけだった。山一ハガネの顧問税理士と小塚選手の父親が幼なじみだったことで、会社に高いレベルの測定器と加工設備があることを知った小塚選手が「足型を作ってほしい」と、訪ねてきたのだ。
小塚選手はそれまで、スケート靴を新調するたびにヨーロッパに行っていた。寺西社長によると、時間もお金もかかるため、足型を製作しそれを送ることで「少しでも無駄が省ければ」という気持ちがあったようだ。
寺西社長は、小塚選手が持ってきたスケート靴を見て、「ブレードの品質にびっくりした」と当時を振り返る。よく見ると、溶接部分に負荷がかかり、そこから折れたり曲がったりなどの不具合が起きていることがわかった。
「うちならもっといいものがつくれるのに」。寺西社長のつぶやきに小塚選手は「ぜひつくってください!」と即座に依頼したそうだ。


