在庫管理ソフトを開発、一気に仕事がラクに

在庫を探す、取り出す、機械に載せる、切断する、機械から降ろす、また次の材料を載せる――と、鋼材の販売には多くの工程がかかる。しかも、山一ハガネの主な取り引き先は大企業よりも中小企業が多い。大きな材料をどんどんカットして量をさばけばいいわけではなく、顧客によってどの材質をどれくらいのサイズ、個数で欲しいのかはバラバラだった。在庫が整理されていなければ当然時間の無駄が発生する。

寺西社長はまず、現状を把握しようとデータを分析。そのうえで、素材ごとの在庫管理ソフトを開発した。

当初は、周りから「なぜそんな金にならない仕事をするのか」と理解を得られなかったが、わざわざ現場に行かなくても在庫が把握できるようになり、社員からも「仕事が楽になった」と認められた。そうしたことを経て、1999年に寺西社長は社長に就任した。

「このままでは将来性がない」という危機感

しかし、当時は「鋼材を切って売る」ことがメインの仕事だった。山一ハガネが素材を売った後に、いくつもの会社が間に入り、やっと大手自動車メーカーグループに渡るような状態。当然、各会社が粗利を乗せて販売するわけだが、その分、自社の利益は少なくなる。「付加価値がないと、この商売に将来性はない」と危機感を抱いていた寺西社長は、現場の管理手法を見直し、素材の仕入れから加工、測定、配送までを一貫してできる「ファクトリーモール」の構想を抱くようになる。

在庫管理の体制を整えた後は、「加工」に手をつけた。面を削る加工、次に熱処理の加工……と少しずつ設備を揃えていく。建物、設備合わせて10億円を超える設備投資を推し進め、材料の保管と切断・供給機が一体となった全自動のシステムも導入した。

工場を案内してくれた寺西社長
撮影=中谷秋絵
工場を案内してくれた寺西社長

「最初はとにかく周りから反対されましたよ。機械を導入しようとすると、1台1000万円だったとしてもそれだけでは済まないんですよ。前工程、後工程の機械も必要になるし、それを置く場所もいる。結局10倍くらいの金額がかかるので、重圧もあります。でも、『このままじゃ将来性がない』という危機感から、一社でなんでもできるファクトリーモールは絶対に必要だと思っていました」(寺西社長)

設備を整え、事業を拡大してきた寺西社長には、ずっと考えていた「ブランディング」の一環として、「BtoC事業をやりたい」という想いがあった。山一ハガネが普段行っているBtoB事業は表に出ることがなく、一般の人に認知されないため会社の魅力を伝えづらい。「何をやってるかよくわからない会社なんて、入社してもらえないだろう」と考えていた。しかし、BtoCといっても何をやっていいのかはわからなかった。

ぼんやりした思いだけを抱えていた2015年、転機が訪れる。中部国際空港セントレアの10周年記念事業で「ワインボトルのストッパーをつくってほしい」という依頼が来たのだ。限定200本の生産で収益度外視だったが、一般の人の手に商品が渡るのを見て、寺西社長は「やっぱりこれだ」とますますBtoCへの意欲を強くしていく。