あと5年早く出会えていたら……
難しかったのは、形が完成した後のメッキ加工だ。スケートブレードはメッキ加工をしないと錆びてしまうため必須の工程だが、通常、特殊鋼にメッキを乗せることはない。専門業者ですら、特殊鋼に施した経験はなかった。
業者とともに試行錯誤を重ね、現在は「ある程度はできる」ようになったレベルだという。今も最適を探して模索を続けている状態で、「今日も、この後メッキ工場に行くんですよ」と取材した日も石川さんは出かけて行った。
小塚選手は2013年の全日本選手権に、まだ開発途上だったブレードを履いて出場し、3位入選。山一ハガネの寺西基治社長は「初めてテレビで滑ってるのを見たときは、心臓が止まるかと思った」と、その時の緊張感を振り返る。
2018年に「KOZUKA BLADES」が完成。小塚選手は惜しくもソチ五輪代表に選出されず、引退した。寺西社長に、「あと5年早くこのブレードと出会いたかった」と言い残したそうだ。
ブレードの寿命は2週間→2年へ
「KOZUKA BLADES」発表の2年後、噂を聞きつけた宇野昌磨選手から連絡があった。当時の宇野選手は、ブレードがすぐに曲がるなどの歪みが出るため、2週間ごとにブレードを替えていた。新しいブレードに慣れた頃に、また次のものに替えなければならない状況を繰り返し、なかなか波に乗ることができずに悩んでいたそうだ。
宇野選手から話を聞いてみると、小塚選手と求める内容が微妙ではあるが違っていた。同じフィギュアスケート選手でも、こんなにも繊細な違いを求めるのかと驚き、選手に合わせてブレードをつくる必要性を感じたという。KOZUKA BLADESは小塚選手のために開発したブレードだったこともあり、新たに2021年に「YS BLADES(ワイエスブレード)」をリリースした。
以前は2週間ごとにブレードを替えていた宇野選手だが、YS BLADESに切り替えてからは2年間同じものを使用している。それどころか、「2年でほとんど刃を研いでいない」と言うから驚く。YS BLADESを使っていても頻繁に研ぐ選手もいるため、好みの問題でもあるだろう。しかし、研がなくても故障することなく使い続けられることは宇野選手が実証した。
「研ぎすぎて寿命が来ることはあるけれど、本質的な品質に関わるような、曲がる、折れるといったトラブルは今も起きていません」と、寺西社長は太鼓判を押す。
宇野選手はYS BLADESを履いて2022年の北京五輪に出場し、みごと銅メダルを獲得した。これが、山一ハガネにとって初めてのメダルだった。

