西洋化する日本を悲しんだ

日本が西洋臭くなり日本の文化や風俗やが、日々にますます欧米化して来ることは、ヘルンにとって忍びがたい悲哀であった。なかんずくヘルンを最も悲しませたのは、盆踊ぼんおどり等の農村行事や風俗やが、明治政府によって禁圧されたことから、自然に衰褪すいたいして来ることだった。彼はそれを憤慨しているが、むしろ彼の真の怒りは基督キリスト教に向っていた。政府が盆踊を禁ずるのも、国民が欧米人の真似まねをするのも、固有の日本文化が亡びるのも、すべて皆基督教の宣教師が宣伝するためであり、一切の悪は耶蘇やそ教の罪に帰せられた。

『皆、耶蘇がさせるのです。耶蘇が皆悪くするのです。耶蘇、日本の敵です』と、至るところで彼は耶蘇教を罵り、その宣教師を仇敵のごとく憎んでいる。そうした彼は、事実上において熱心な仏教信者でもあった。彼の信仰の中には、仏教的な輪廻永生思想があり、それがヘルンらしい純情の詩人的想像によって、一種独特の人生観にまで展開していた。『自分が死んでから、後生が鳥や虫に生れ変るとしても、自分は少しも悲しいと思わない。なぜなら鳥や虫の生活の方が、人間よりも不幸であるとは思えないから』と、あるエッセイの中で書いてるヘルンは、日本人の民族化した仏教情操であるところの、あの『物のあわれ』の抒情的ペーソスを知ってたのである。

寺の住職になりたいと言い出した

そうしたヘルンの小泉八雲が、常に最も好んだ散歩区域は、寺院の閑静な境内だった。特に東京の富久町とみひさちょうに居た時には、近所の瘤寺こぶでらへ毎日のように出かけて行った。その寺は庭が広く、背後に老杉の茂った林があったので、彼の瞑想的めいそうてきな散歩に最も好ましい所であった。寺の老僧とも懇意になり、ついにある時、自分がその住持になりたいと言い出し、夫人と次のような問答をした。

『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』(筑摩書房)
『ちくま日本文学036 萩原朔太郎』(筑摩書房)

『ママさん私この寺にすわる。むずかしいでしょうか』
『あなた、坊さんでない。ですから、むずかしいですね』
『私、坊さん。なんぼ仕合せですね。坊さんになるさえもよきです』
『あなた、坊さんになる。面白い坊さんでしょう。眼の大きい、鼻の高い、よき坊さんです』
『その同じ時、あなた比丘尼びくにとなりましょう。一雄(長男)小さい坊主です。いかに可愛いでしょう。毎日経よむと墓をとむらいするで、よろこぶの生きるです』
『あなた、ほかの世、坊さんと生れて下さい』
『ああ、私願うです』

人間よりも、虫や鳥の方が幸福だと言ったヘルンは、人生について、悲哀の外の何物をも知らなかった。厭離一切娑婆世界おんりいっさいしゃばせかいの厭世観は、ヘルンの多くの作品中に一貫して、その特殊な文学情操の基調となってる。

【関連記事】
「ばけばけ」では描けない"妾騒動"の知られざる史実…小泉八雲が「送り込まれた愛人候補」を拒み続けたワケ【2025年11月BEST】
松江いちの美人が「きれいな物乞い」に…「ばけばけ」でも描かれた小泉セツの実母がたどった没落人生【2025年11月BEST】
たった1年で婿に逃げられ橋からの身投げを考えた…「ばけばけ」のモデル小泉セツの初婚の意外過ぎる顛末
「ばけばけ」セツと結婚→1年で失踪したはずが…朝ドラでは描かれない「最初の夫」の意外な"その後"
天才絵師の最期はあっけなかった…「べらぼう」で染谷将太演じる歌麿の転落の契機となった絵に描かれた人物