幼年期の「詰め込み」が土台になる
この義務教育延長は「教育の再構築」などではなく、学校に留め置く時間を増やすことで、学力崩壊を食い止めるといった程度の「対症療法」に過ぎない。
当時、義務教育の期間を延ばしたという報道だけで、フィンランド式教育を賞賛する日本の政治家や言論人が相次いだのだが、もちろんその裏にある深刻な教育崩壊の事実については認識がなかったのである。
義務教育期間を延ばせば学力が伸び、優秀な人材を多く輩出でき、国の生産性が上がるのであれば、「教育改革」は簡単だろう。高校までといわず、大学までを義務教育にすればいいはずだ。もちろん、ことはそれほど単純ではない。
教育においては、小学校に入学する前後、いわゆる就学前の言語形成期から、小学校に入ってからの思考の土台となる知識を蓄える時期が重要であり、とくに、就学前にどれくらい語彙を蓄えられるかが決定的に重要であることが諸研究で明らかになっている。
その時期は、知識、とくに語彙の「詰め込み」が重要である。子どもが考える力をつけるには、言葉を心の中でつぶやくこと(内言)を発達させなければならないが、内言の発達には豊富な語彙を身につけることが不可欠だからである。
この時期に、教育側が自主性に任せることにこだわり、覚える量が少なくなってしまえば、その後の学力形成に不利になりかない。実際、就学前についた語彙の差を、小学校に入学してから埋めるのはかなり難しいことがいくつかの研究で明らかになっている。
自主性を重視し、基礎学力が空洞化
重要なのは、自主性を重んじる前に、自分で考えられる高度な思考力の土台を養成することである。思考力の土台ができてこそ、自分で考えられるようになるのであり、土台作りの時期に自主性を重んじて、暗記を軽視するのは弊害があると考えられる。
フィンランドが教育先進国として「神格化」された直接のきっかけは、2003年のPISAで総合トップになったことである。読解力と科学的リテラシーで1位、数学的リテラシーで2位という圧倒的な結果が、フィンランドを「理想の教育国家」として世界に印象づけることになった。
ところが、2022年のPISAでは、数学リテラシーは20位にまで後退した。それどころか、先述したように、国内の調査では中学3年相当の生徒の約3分の2がパーセント計算を理解していないという衝撃的な結果も出ており、国内外に大きなショックが走っている。

