熊本では順調に貯金が増えた
ハーンの日本での第1作で出世作となるのは、『知られぬ日本の面影』である。彼は既に、その最終校正を発送していた。ところが、契約条件への怒りに駆られ、出版契約書を突き返すようなことをした。それとても、ハーンの表情から状況を察したセツが、ポストではなしに抽出しに投函していて、トラブルを免れていたのである。
熊本来住の1年後に転居した家には、書斎に当てた八畳の離れに、薪ストーブと硝子障子を入れて、ハーンは二冬とも快適に過ごしている。また、150坪もある庭では、金十郎(セツの養父)から弓の指南を受け、その独眼での首尾に気を良くしていた。さらには、貯金も順調に増えて、セツは、経済的な安心を覚えるようにもなっていたのである。
彼女は確かに家計に気を配った。東京時代のものだが、ハーンの草稿の裏を使った家計簿が現在に伝わっている。そこには、日々の支出及び月々の支出の合計から1年の総計までが、事細かに記入されていて、彼女の金銭管理の様子が窺われる。ハーンは寄附などに無雑作であり、たとえば前年(1893)の10月に起きた松江の洪水に際しては、50円の義援金を送っていた。
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