チャンバラは架空の戦闘

これに対しては、全体の一部を分析したものにすぎないという批判も寄せられ、賛否両論があるようだ。しかし、決して少なくない数のサンプルが参照されており、中世の戦場では弓矢、鉄砲、あるいは石礫などの飛び道具が主に使われ、次に、長い柄がある槍をもち集団で突撃した、という主張が覆ることはないと思われる。

日本史学者の近藤好和氏は『武具の日本史』(平凡社新書)のなかで、「チャンバラは架空の戦闘」と断じている。ここまで述べたことから伝わると思うが、それは戦場においても「架空の戦闘」だった。ましてや、信長のような絶対的な主君の前で、家臣が軽々しく刀を抜くことなど、あったとは到底考えられない。

江戸時代には、大小2本の刀を差している武士がそれを抜くことはほとんどなかった。あるとしたら、主君から命ぜられた「上意討ち」か、藩の許可を得て行われる「仇討」、切腹する武士の苦痛を和らげるための「介錯」のいずれかで、それ以外で刀を抜くことはほとんどなかった。むやみに刀を抜けば、死罪を覚悟する必要があるというほど、武士の抜刀は制限されていた。

幕藩体制下で戦乱がなくなり、武士の責任のもとに法と秩序が確立された時代であっただけに、刀を抜くことに対して厳しい規制がかけられたのである。だが、刀とはすでに述べたように、そもそも祭祀を目的とした「抜かない武器」。戦国時代であっても、事情はさほど変わらなかったと考えられる。

大河ドラマの時代考証の意味とは

したがって、「豊臣兄弟!」に頻出する抜刀シーンやチャンバラの場面は、戦国時代の実相とはほど遠い。では、こうした描写がどこからはじまったかというと、近代になって成立した剣劇、すなわち刀による戦い(チャンバラ)を見せ場にする演劇と、それを取り入れた映画からだ。

写真=iStock.com/SetsukoN
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それらはフィクションにすぎないのだが、その後もドラマやゲームなどに波及し、私たちの戦国時代や武士に対するイメージを規定するに至っている。

たしかに、刀を抜いたり振り回したりする場面には、スリルがあるし、場合によってはカッコいいということになるのかもしれない。だが、「歴史ドラマ」であるはずのNHK大河ドラマで、こういう史実とかけ離れた場面をたくさん流すのはいかがなものか。多くの視聴者が、描かれた時代について誤解することにつながってしまう。

もっとも、チャンバラが長いあいだ時代劇の定番だったことを考えると、大河ドラマの制作陣が、「戦国の世なのだから、武士たちは刀を抜くのは当然ではないか」と思い込んでも不思議はない。そういうリスクがあるからこそ、大河ドラマには時代考証の専門家が2人もついている。ところが……。彼らは、いったいなにをしているのだろうか。

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