「理論上は正しい」が現場で作れない

設計の質にも、同様の影響が及ぶ。設計とは本来、現場で試され、失敗を通じて鍛えられる営みである。図面やシミュレーションの段階では問題が見えなくても、実際に加工し、組み立て、動かす過程で初めて明らかになる課題は少なくない。ところが試作現場が弱体化すると、設計は図面とデジタルデータの中で完結しがちになる。その結果、「理論的には正しいが、現場では作れない」「量産工程で再現できない」設計が増えていく。

工場の現場で顔をしかめるスーツの男性
写真=iStock.com/maroke
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こうした歪みは、量産段階で一気に表面化する。試作段階で潰せなかった問題は、量産で爆発する。歩留まりが上がらない、不良原因が特定できない、工程条件が属人化する――これらはすべて、試作での学習不足が引き金となって起こる現象である。量産段階のトラブルは、試作段階の失敗とは比較にならないコストと時間を奪い、場合によってはブランド価値や顧客信頼そのものを損なう。

成熟産業として「静かに衰退」するのか

さらに、試作の衰退は新規事業の創出にも深刻な影響を及ぼす。近年、多くの企業が「小さく作って、早く学ぶ」ことの重要性を認識している。しかし、試作の受け皿がなければ、このプロセスは成立しない。大手工場は小ロットや頻繁な仕様変更に向かず、試作中小が減れば、アイデアを実際の製品へと落とし込む場そのものが失われる。結果として、企画やPoC(Proof of Concept、概念実証)は進むが、製品化に至らない案件が増え、組織内に徒労感が蓄積していく。

コスト面でも逆説が生じる。試作機能を外部化し、合理化を進めてきたはずの企業ほど、量産段階でのトラブルや内製回帰による固定費増、残存外注先への集中による単価上昇といった形で、結果的にコスト構造が悪化する。短期的な効率化が、中長期的な非効率を生む構図である。

最も深刻なのは、こうした変化が日本の製造業から「学習する力」を奪っていく点だ。試作とは、産業全体が失敗を許容し、そこから次の成功を生み出すための学習装置である。その装置が弱体化すれば、改良のスピードは落ち、差別化は難しくなり、最終的には価格競争に巻き込まれる。これは、製造業が成熟産業として静かに衰退していく典型的なパターンでもある。

試作の衰退が意味するのは、単なる工程の縮小ではない。日本の製造業が、未来に向かって学び続けられるかどうか、その根幹が問われているのである。