始まったICEの横暴
現在の刑務所は2023年にオープンし、4万人が収容できる。テロリスト拘禁センター(CECOT)という呼び名がついている。だが、全身に入れ墨した本物のギャングが詰め込まれている点は、当時もいまも変わらない。そんな中に、ニクソンは放りこまれたのだ。弁護士もつかず、いつ出られるのかも分からない地獄に。
犯歴のないニクソンが、どうしてエルサルバドルの刑務所に送られたのか。24年7月末、ニクソンの家族が住むオーロラ市のノーム・ストリートのアパートで銃撃事件が起きた。TdAのメンバーと目される男が殺人容疑で逮捕された。
事件の翌日、自宅アパートの玄関前に落ちていた薬莢を掃除していたニクソンと兄のディクソン(21)を、警察は証拠隠滅容疑で拘束する。兄弟は「TdAギャングや銃撃事件とは無関係だ。関係していると思われたくないので薬莢を片づけた」と訴え、釈放された。警察も「兄弟はTdAギャングのメンバーではなく、他のギャングのメンバーでもない」と認めた。
だが、8月下旬にアパート「エッジ」で男性が殺される事件が起き、その動画が全米に拡散し、トランプがベネズエラギャングを強制送還するとぶち上げると、風向きが変わる。移民・税関捜査局(ICE)は兄弟をTdAのメンバーと断定し、9月に2人を拘束して、収容所に入れたのだ。
ニクソンと連絡がとれなくなって数週間後、必死で息子を探していた母親は、息子がエルサルバドルに移送されたことを報道で知った。兄のディクソンはアメリカで収容されたままだ。
ヴィが悲しそうに言う。「私たちはホロコーストの歴史を繰り返している。コミュニティーから突然人が消え、収容所に送られている。アメリカ社会から倫理感が少しずつ削りとられている、と感じる」
予感はあった。トランプはベネズエラ人を国外に追放する準備を着々と進めていたからだ。
トランプが持ち出した18世紀の法律
時計を巻き戻そう。
トランプは大統領に就任した2025年1月20日、「アメリカ人を侵略から守る」というタイトルの大統領令に署名して、メキシコとの国境地帯に国家非常事態を宣言した。
「我が国への悲惨な侵略を撃退するために南の国境地帯に軍を派遣する」「バイデン政権下で、数百万人の不法移民が国境を越えてなだれ込んだ。不法にアメリカに滞在し、国家の安全と市民の安全にとって深刻な脅威となっている。アメリカ人に対してひどく非倫理的で悪質な行動をとり、スパイやテロ活動など敵対的な行動をしている」
そして、トランプは1798年に制定された敵性外国人法を適用する準備を進めろ、と命じた。
頭の中でアラームが鳴りだした。敵性外国人法は戦時法だ。これを使えば、大統領は、敵国の出身者でスパイや安全保障上の危険になりかねない人物を、通常の裁判にかけることなく、拘束したり強制送還したりできる。ただし、敵性外国人法を適用するためには、アメリカが戦争中、または、外国政府がアメリカを「侵略」しているか、「略奪的侵入(predatory incursion)」をしていることが条件となる。

