テヘラン支局長が収容された刑務所の実態

NHKテヘラン支局長が拘束されたとする事案では、「ラジオ・フリー・ヨーロッパ」のペルシャ語版「ラジオ・ファルダー」が第一報を伝えた。

ラジオ・フリー・ヨーロッパは、米国議会の出資で運営される民間の非営利法人という形の国際報道機関で、イラン政府は外国の影響工作組織として敵視している。NHKのテヘラン支局長は、2026年1月20日に拘束され、2月23日にエヴィン刑務所に連行されたという。拘束の具体的な理由は明らかになっていない。

エヴィン刑務所
エヴィン刑務所(写真=Ehsan Iran/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons

エヴィン刑務所は、反体制派やジャーナリスト、研究者、二重国籍者などが政治犯の嫌疑をかけられ、多数収容されてきたことで知られるイランの拘置・収容施設である。現体制以前のパフラヴィー朝時代に建設され、1979年のイラン革命後も政治犯の収容施設として使用されてきた。

国連などの報告によると、収容先では数週間もしくは数カ月間におよんで窓のない単独房で24時間照明をつけたまま拘禁され、夜間を含む長時間の尋問、殴打などの身体的暴力などを受けていることが報告されている。

ただ、イラン国籍と外国籍とでは拘束者の扱いが異なる。外国籍の場合は解放されることも見越して、目立つような暴力行為が抑制され、一定の配慮が行われるようだ。革命防衛隊や情報省などの治安機関が関与する区画に置かれ、外交カードとして利用されるケースが多い。

拘束されたジャーナリストはどうなるのか

エヴィン刑務所には、これまでにも複数の外国人や二重国籍者が収容されてきた。象徴的な事例のひとつが、ワシントン・ポスト紙の元テヘラン支局長、ジェイソン・レザイアンだ。米タイム紙によると、2014年に拘束され、エヴィン刑務所に収容。その後、2016年に米イラン間の囚人交換の一環として解放された。

近年も同様のケースが続いている。AP通信によると、スウェーデンの外交官でありEU(欧州連合)の職員でもあるヨハン・フロデールスは2022年に拘束された。

2022年4月、休暇でイランを訪れ、テヘランのスウェーデン大使館勤務の友人を訪問。同月、首都テヘランのイマーム・ホメイニー国際空港から出国しようとした際に逮捕され、エヴィン刑務所へ移送されたと伝えられる。スウェーデンで有罪判決を受けたイラン人と引き換えに、2年後の2024年に解放された。

イタリアでも日刊紙イル・フォッリオの記者チェチリア・サーラ氏が、ジャーナリストビザでテヘラン滞在中の2024年12月19日に現地で拘束された。その後、イラン文化省はサーラ氏がイランの法律に違反したことを理由に拘束中であることを認めた

サーラ氏はエヴィン刑務所で独房拘禁を含む収容生活を送り、2025年1月に解放された。イタリア当局が米国の要請で、イラン人エンジニアのモハマド・アベディニ・ナジャファバディをミラノ・マルペンサ空港で拘束してからわずか3日後の出来事だったため、報復行為とみなされている。

過去には欧州諸国や米国に拘束されているイラン人との交換、あるいは経済的措置や制裁緩和をめぐる交渉の中で解放が実現したケースもある。イランでは外国人の拘束は司法問題としながらも外交取引のカードとして利用されている。そのため、罪状もはっきりしないまま拘束され、後からそれらしい理由をつけられることもしばしばだ。欧米諸国の政府も、拘束者の安全確保や機密情報への配慮を理由に、詳細を公表しないケースが多い。