労働力不足ではなく「賃金不足」
昨年10月時点で、外国人労働者は257万人と、過去最高となった。一方で日本の労働力人口も増加し7004万人と、初めて大台を突破した。外国人労働者の比率は3.6%であり、これには日本の人手不足業種だけでなく、インバウンド関連など単純に外国人経済圏を支える労働力も含まれる。彼らがいないと国民生活が立ち行かなくなるというのは、オーバーな見立てではないか。
ちなみに総人口がほぼピークの2008年の労働力人口は、6675万人で、外国人労働者は48万人だった。近年は高齢化を背景に、女性や高齢者の医療や介護分野での就労が増えたのが増加要因とされる。
少なくとも現時点では、労働力不足というより、「賃金不足」による雇用流動性の阻害がその原因と考えるのが自然だ。たしかに、賃金上昇が著しい建設分野など、若者の労働力が必要な業種は、外国人労働者の受け入れを正当化できる。しかし、平均賃金を大きく下回るような職場での受け入れ政策は、「日本を支えている」のではなく、人件費(賃上げ)の抑制という企業の収益性を助けているようなものだ。
公的サービスの利用条件は国民と同じ
しかも、そこには大きな不均衡がある。外国人を〈労働者として〉受け入れる企業側は、賃金上昇が限定的な彼らが増えれば増えるほど「利益」につながり、その受け入れコストに対してすら、税金から助成金まで出る手厚さがある。しかし、彼らを〈地域住民として〉受け入れる国民にとって、外国人住民の増加に比例して膨れ上がるのは利益ではなく「負担」だ。
賃金水準が低い外国人労働者は公的負担も必然的に低くなるが、公的サービスの利用条件は国民と変わらない。
例えば、外国人の子どもが保育園に行けば、日本人と同様に相当な公費が使われる。東京都江戸川区のHPによれば、0歳児では一人当たり月42万円、2歳児でも月21万円の経費がかかるといい、その大部分は公費負担だ。小学校では外国人児童の増加に伴う多言語対応の負担で、日本人児童の教育の機会に悪影響が及んでいると指摘されている。
もちろん公立学校に来る外国人児童には一切、罪はなく、これらは若い外国人を受け入れる以上、必然的に発生する負担だ。要は、企業側に低コストの恩恵をもたらす一方、国民側には高負担のツケを回すという「非対称性」が極めて大きい受け入れ政策自体に問題があるのだ。
また、国籍を問わず、若い低所得層は統計的に犯罪性向が高い。外国人労働者の受け入れ政策はこうした属性を増やす政策でもあるが、その被害者の多くは、受け入れ側の日本国民だ。

