アメリカ流で論破する娘を心配していた
高市氏は、優しい父の大休さんから、議員になってから一度だけ、きつく注意されたことがある。
「お前は、自分と違った意見を持った相手に対して、ストレートにモノを言いすぎる。アメリカ流の交渉術を、日本に持ち込むのはやめなさい」
大休さんのように、ビジネスの社会で長く生きてきた人の目から見れば、国会での質問や、討論番組などに出演する際の高市氏のやり方は、不必要な敵をつくっているように映っていたようであった。
大休さんとしては「相手を褒めちぎって、そんで一本ひゅ~っと、骨を抜いたるねん」をモットーとして接してほしかったようだ。たとえ、間違った考えだと思っても、まず相手の意見、相手の見識を評価してみせてから、やんわりと自分の意見を言うほうが高市氏にとっても得策だということだろう。
大休さんは言った。
「徹底的に相手を論破した人のほうが立派には見える。でも、お前がそれをする必要はない。政治家だから主張すべきはしてもいいけど、お前の言うことが100%正しいという保証はない。だから、必ず相手の意見も評価して、それでも相手を言い負かそうとする時は、相手の顔を潰さない、必ず相手の逃げ道をつくるやり方を身につけなさい」
高市氏は、気づいてみると、父の指摘に一理あると思った。
国会議員として靖国神社に参拝する理由
高市氏は、国会議員として靖国神社に、たびたび参拝しているが、それは父の大休さんの影響もあるという。
「昭和一桁生まれ、軍国少年最後の世代の父が、小さい頃に私を映画館に何度か連れていってくれたんですが、小学校くらいの時の映画は全部戦争をテーマにした作品ばかり。家の本棚に並ぶ本も、山本五十六や東郷平八郎を主人公とした本が多かった。それから戦争関係の歴史本も多かった。私も父の影響で、東郷平八郎と山本五十六について書かれたものはほとんど読みました」
父の大休さんは軍歌も好きだった。早いうちから安月給でやりくりして、いいステレオを購入して、休みの日にはよく聴いていた。
高市氏も、大休さんと映画に行くのが好きだった。ほとんどが戦争映画だったので、エンディングはたいてい悲しいシーンであった。戦艦が沈んだり、兵隊が亡くなるシーンがあると、子供ながらに見終わると悲しくなり、ワンワンと泣くこともあった。

