だが、技術的な成功とは裏腹に、親会社である東芝は2010年代半ば、米国原発事業の巨額損失により経営危機に陥る。債務超過を回避するため、グループ内で最も高い収益力を持っていたメモリ事業が売却の対象となった。2017年の「東芝メモリ」としての分社化、2018年の米ベインキャピタル主導のコンソーシアムへの売却を経て、2019年に現在の「キオクシア」へと社名を変更し、独立企業として再出発した経緯を持つ。
メモリ市場の不況、上場延期の迷走
しかし、再出発したキオクシアが歩んできた道のりは、決して平坦なものではなかった。むしろ、再上場に至るまでの数年間は、半導体市況の変動に翻弄された「苦難の歴史」であったといってよいだろう。
2020年10月に予定されていた最初の上場計画は、米中貿易摩擦の激化や市況の不透明感を理由に直前で中止された。その後も再挑戦の機会をうかがっていたキオクシアだが、2022年後半から2023年にかけて、メモリ市場は過去最大級の不況に見舞われた。
スマートフォンやPCの需要減退に加え、データセンター投資の一時的な減速が重なり、NAND価格は大幅に下落。2023年度には巨額の最終赤字を計上するなど、厳しい経営環境に置かれた。
この苦境を象徴するのが、岩手県北上市にある「北上工場第2製造棟(K2棟)」を巡る決断である。当初、この新工場は2023年内の稼働を目指して建設が進められていたが、前述の市況悪化を受けて稼働開始時期は大幅に延期。当時は、こうした稼働延期や度重なる上場延期を「迷走」として揶揄する声も挙がるなど、同社の先行き自体を悲観する声も決して少なくなかったのが実情だ。
こうした閉塞感を一気に打破するきっかけとなったのが、足元で進行中の、AI市場における需要構造の変化だ。
「AIブームの蚊帳の外」だった
生成AIブーム当初の2023年~24年頃、「学習」フェーズが主体の時代においては、主役となったのはNVIDIAのGPU(画像処理半導体)と、それに組み合わされる「HBM(広帯域メモリ)」と呼ばれる高性能のDRAMであった。
この頃、HBMの供給で先行したSKハイニックスなどが「時代の寵児」として市場からもてはやされる一方、NAND専業のキオクシアに対する市場の評価は「AIブームの蚊帳の外」などと冷ややかなものだった。
しかし、2025年に入り、AIのフェーズが「学習」から「推論」へと急速にシフトし始めたことで状況は一変する。
学習済みのAIがユーザーの質問に答えたり、コンテンツを生成したりする推論の段階では、過去の膨大な学習データや、RAG(検索拡張生成)と呼ばれる技術で参照する外部データベースへの高速アクセスが必要となる。ここで爆発的に需要が高まったのが、大容量かつ高速なデータ読み出しが可能な「エンタープライズSSD(eSSD)」、すなわち「NANDの塊」だったのである。

