愛子さま“しか”鑑賞できない
そんな映画を愛子さまが鑑賞した。すごいことだ。はっきりと書いてしまうが、『ペリリュー』は天皇の戦争責任を想起させる。そして思う。それを鑑賞できるのは皇室広しと言えども、愛子さまだけだ。
天皇と雅子さまが鑑賞するのは、ありえない。と、こんな私でさえ思うのだ。お二人もそう思われるだろうし、宮内庁だって思うに違いない。では、秋篠宮家の誰かが、となると、それもどうだろう。このような重大なテーマをはらんだ映画だ。仮に「天皇家の次男」である秋篠宮さまが鑑賞すれば、兄を差し置いて「引き受ける」感じになってしまい、ハレーションが起きるのではないだろうか。
上皇さまと美智子さまの「慰霊の旅」は戦後50年の前年、1994年の硫黄島から始まり、戦後70年のパラオ、翌年1月のフィリピンで終わった。パラオでお二人は海上保安庁の巡視船に宿泊している。ペリリュー島に行く現地の交通手段が限られていたからで、巡視船に泊まり、搭載されているヘリコプターで行くことにしたのだ。当時、81歳の上皇さまがそこまでして成し遂げた「慰霊」は、昭和への「贖罪」だったはずだ。その思いを引き継ぐのは、「天皇家の長男」以外ないだろう。
天皇制の“タフさ”の体現
上皇さまと美智子さまの旅を、愛子さまのご両親が「皇太子」「皇太子妃」という立場で見続けた。それを共有したのが、「天皇家の長女」の愛子さまだ。慰霊、贖罪が心の中にある。ごく自然なことだと思う。
そして、もう一つ思ったのは、愛子さまが女性だったから『ペリリュー』を鑑賞できたということだ。「天皇になる人」が「天皇」という立場が深く関わる戦争を描く映画を見に行くのは、やはり難しいだろう。その点、「男系男子による継承」が決められた世界で、愛子さまは天皇になれない。だから、試写会に足を運べた。皇室典範の不思議を感じる。
思い出したのが1975年、アメリカから帰国直後に開かれた昭和天皇と香淳皇后の記者会見だ。ホワイトハウスでの晩餐会で昭和天皇は、「私が深く悲しみとするあの不幸な戦争」と述べた。英紙『ザ・タイムズ(The Times)』の記者が、「この言葉は戦争に対して責任を感じていると理解してよいか」「戦争責任についてどう考えているか」と質問した。
「そういう言葉のあやについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないので、よくわかりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます」。それが答えだった。愛子さまの映画鑑賞が重なったのは、天皇制のタフさを思ったからだ。戦争責任を「文学方面」と捉えてしまえるタフさだ。
愛子さまは天皇制の「本丸」ではない。だから、「戦争責任」を想起させる映画にも行ける。行かせられる。そういうタフさが天皇制にはあり、それを体現したのが愛子さまだった。

