落語の世界は「比べられてばかり」
「植福」に至っては、まさに「人と比べない」境地です。未来の誰かのために種を蒔く行為は、自分が今すぐに評価されるか、他人より優れているかとはまったく関係ありません。
見返りを期待せず、ひたすら未来の「福」を願って行動する。これは、「人と比べる」競争原理からは生まれにくい、利他的な精神です。
落語家なんて、まさに比べられる世界です。師匠や先輩と比べられ、同期と比べられ、人気や実力で常に比較される。でも、そこで「あの人より売れたい」とか「あの人より上手くなりたい」という思いだけにとらわれていると、必ず行き詰まります。
そうではなく、師匠から教わったネタをどう自分なりに深めるか、自分の声や体を使ってどう表現するか、どうすればお客様に喜んでいただけるかといった自分自身の芸と向き合う姿勢が必要なのです。
これは、周りと比べながらも、最後は「人と比べない」自分だけの芸を追求していく作業です。そうやって、自分の持ち味を磨き、「唯一無二の存在になること」。それが、落語家として「生き残っていく」道なんですな。
語る古典落語が同じだからこそ比べられるのがある意味デフォルトだからこそ、あえて「比べない」ようにするのです。知性や教養を「比べる」ために使うのではなく、「比べない」ために使う感覚でしょうか。
そんな心づもりで、私こと、特にこのコロナ禍の5年は、出版に比重を置きながら生きてきました。
自分らしいペースで生きる、それは“勇気の証”
つまり、「人と比べない」というのは、決して諦めたり、努力を放棄したりすることではないのです。それは、他人との競争の渦から一旦離れて、自分自身の価値基準を確立し、自分らしいペースで生きることを選択する勇気です。そして、その確立された自分軸があるからこそ、他者と健全に関わり、「割り勘思考」を通じて助け合い、支え合い、「生き残っていく」ことができるのではないでしょうか。
高度経済成長期の遺物である「比べっこ」の病理を手放し、自分自身の内面に目を向け、「人と比べない」生き方を選ぶこと。これこそが、「割り勘思考」を深く理解し、実践するための重要な鍵となります。そして、それは私たち還暦世代が、孤立することなく、社会とつながりながら、清々しく、したたかに「生き残っていく」ための、力強い一歩となるはずです。
さあ、もう「比べっこ」はやめにしませんか。自分だけの花を咲かせ、それを周りの人にもお福分けする。そんな「割り勘思考」で、悠々と人生を渡っていきましょうぜ。




