「自己流でなんとかしよう」ではうまくいかない

健康という大切な「福」も、「割り勘」の知恵で「生き残る」につなげられます。

自分の健康状態を家族と共有したり、定期的に医師の診察を受けたり。体のメンテナンスを専門家に不安も含めて「割り勘」してもらうようなものです。

診察する医師
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すべて自己流でなんとかしようなんて考えない、必ず専門家の知恵や技術を借りる(委ねる)。これは、健康という「財産」を長く「生き残らせる」ための賢い「割り勘」なんです。

さらに、自分が持つ知識や経験を周りの人に分け与えることも、「生き残る」ための「割り勘」になります。

自分が一方的に「教えてやる」という姿勢ではなく、「この情報が、誰かの役に立つかもしれない」「私の失敗談が、誰かの同じ失敗を防ぐ助けになるかも」という気持ちで提供することが大事で、そうすると周りの人も力をつけ、成長していきます。

そして、あなたがいつか困難に直面した時に、今度はあなたが助けてもらう側になるかもしれない。これは、お互いの「生き残り」を助け合う、長期的な「割り勘」の関係性を築くということになるんです。

落語界で師匠が弟子にネタを教えるのも、弟子の「生き残り」を助ける「植福」(将来のために、そして社会全体の「福」のために、善い行いをし、幸福の種を蒔いておく、という意味)であり、「割り勘」なんですな。そしてその弟子が成長すれば、一門全体が「生き残る」力が増すわけです。

自分軸がないから、他人と比べたくなる

いやはや、古典落語や「亀の子たわし」のように、自己主張しないで何気なく存在しているものって、実はすごいんですよね。

さて、この「割り勘思考」を実践し、「生き残っていく」ために、どうしても乗り越えなければならない、現代人が抱える大きな病理があるのではないかと、私は常々感じております。それは、「人と比べる」というメンタリティですな。

振り返れば、高度経済成長期、日本では「隣の家に負けるな」「同期より出世しろ」「よそより良い学校に入れ」と、盛んに「人と比べる」ことが奨励されました。それが猛烈なエネルギーとなり、国全体が豊かになる原動力になった側面も、確かにあったのでしょう。

かくいう私も、中3の夏休みに何をとち狂ったか、いきなり「開成高校を受ける!」と宣言したことがありました。結果はもちろん不合格で、彼我ひがの差を痛感したものでした。

それが「比べまくり」の人生の幕開けでもありました。

あれから四十数年。時代はがらりと変わりました。あの頃のような、皆が同じ目標に向かって一直線に進む時代ではありません。価値観は多様化し、幸せの形も人それぞれです。

それなのに、いまだに私たちは、どこかで「人と比べる」ことから抜け出せずにいます。

会社の同僚と、学生時代の友人と、親戚と、そして今やSNSを見れば、顔も知らない誰かと、常に自分を比較してしまう。「あの人は自分よりお金を持っている」「あの人は自分より楽しそうに暮らしている」「あの人は自分より若く見える」。そこに「承認欲求」が絡んでくるから、より悩ましくもなってしまいます。