「遺憾」と「極めて深刻」の使い分け

日本政府(官房長官や外務省)の会見では事案の深刻度に応じて、主に以下のように表現が使い分けられている。

「誠に遺憾」「厳重に抗議」:尖閣周辺で領海侵入が発生した際に用いられる、最も一般的な強い反発の表現。
「断じて容認できない」:日本の主権侵害に対する明確な拒絶の意思を示す場合に使われる。
「極めて深刻」:接続水域での航行が常態化し、行動が質的にエスカレートしているとの認識を示す際に用いられる。

特に耳馴染みがあるのは「誠に遺憾」だろう。尖閣周辺に限らずよく使われるフレーズで、外交上の不快感や意に染まない事態であることを示す。意図の解釈に幅があり、誤解や事故の可能性が残る事案に対して用いられる。度重なる領海侵入は「遺憾」で済ませられることだろうか。

そして何よりも問題なのは、この定型句が単体ではもはやなんの効力も持っていないことだ。

中国にとって尖閣周辺での航行や接近は、単なる示威行動ではなく、日本がどこで行動に踏み切るかを測る実験でもある。その結果として毎度同じ言葉が返ってくるだけでは、中国側にとってはすでに織り込み済の反応として無視される上に、「この水準までなら日本は強硬措置に出ない」というラインが事実上可視化されたことになる。

もはや新聞は接続水域侵入を報じない

こうした日本の態度は、中国だけでなく国際社会の認識にも影響を及ぼす。「日本は領海侵入を大きな問題だと思っていない」「尖閣諸島の実効支配はすでに争点化していない」という誤った認識が広がるからだ。これは有事における米国の関与を弱める要因にもなり得る。

さらに深刻なのは日本国内への影響だ。メディアの中には、領海侵入が起きても取り上げない媒体が出てきている。「尖閣周辺での領海侵入・接近はもはや日常茶飯事なので、ニュースバリューがない」という判断なのだろう。大手紙の中で尖閣問題に最も注視している産経新聞ですら、接続水域侵入が連日記録更新(1月31日現在78日)していても、数日間隔でしか報道していない。

こうしたメディアの姿勢の背後には、日本政府の発する言葉と、それが示す危機意識の低さがあることは言うまでもない。領海への侵入や接近が繰り返されても、政府の対応が変わらなければ、社会は次第にそれを「日常」として受け入れてしまう。

形骸化した定型句は中国に対して抑止として機能しないばかりか、国内社会にも慣れを蓄積させ、主権侵害への感度そのものを鈍化させる。言葉の力を侮るべきではない。