睡眠不足だと細胞増殖が低下

サカサクラゲに続いて2020年に、原始的な神経系しか持たないのに、睡眠に似た状態があると報告されたのがヒドラです。ヒドラというと怪獣を連想する人もいるかもしれませんが、サカサクラゲと同じ刺胞動物門に属する生物です。細い糸のような触手を5〜8本ほど持ち、触手の付け根に口があり、そこからのびる細長いゴムのような円筒形のからだの末端にある足盤で水草や水中に沈んだ落ち葉などにくっついて生きています。

ヒドラの睡眠について研究を始めたのは、九州大学基幹教育院自然科学実験系部門の伊藤太一准教授と、当時は学部の学生だった金谷啓之さんです。彼らは、ヒドラの1日の活動リズムを観察するシステムを作り、先に紹介した定義にもとづき、20分以上行動が静止する時間を睡眠と定義し、その間反応性が低下していること、睡眠を妨害するとリバウンドがあること、さらに哺乳類で睡眠を促進するメラトニンを培地に添加すると睡眠が誘発されることなどを確認しました。そして、ヒドラの遺伝子を網羅的に解析し、ショウジョウバエの睡眠遺伝子として知られる遺伝子がヒドラにもあることや、マウスやショウジョウバエ、線虫で睡眠制御にかかわる酵素がヒドラの睡眠に関係していることなどを明らかにしました。

睡眠を阻害したヒドラは細胞の増殖が低下してしまうので、睡眠が、からだを維持し、成長させるために重要な働きをしていると考えられています。

日中に「眠る」夜行性の軟体動物

海にすむ無脊椎動物で軟体動物の頭足類に属するタコは、高い知能を持っていることで有名です。当然、脳もありますが脊椎動物とはまったく構造が違います。8本の手足にはそれぞれ200個以上の吸盤が付いており、それを使って匂いや味を感じとり、周囲の環境を把握します。神経細胞の数は5億個以上ありますが、3分の2以上が手足や胴にあり、中枢の脳とは別に、それぞれの手足に脳があるのではないかという説を唱える人もいるそうです。

このタコの睡眠について研究しているのが、沖縄科学技術大学院大学(OIST)のサムエル・ライター准教授で、彼もローラン博士の研究室の出身です。彼らが使っているのはソデフリダコという2005年に発見された沖縄の固有種です。皮膚にある無数の小さな色素細胞を利用して体色模様をつくり出し、背景に合わせてからだをカムフラージュしたり、捕食者を脅したり、互いにコミュニケーションをとったりしています。夜行性なので、光を感知して日中はじっとしていて、夜はエサを探して動き回ります。じっとしている時に刺激をしても覚醒時よりも強い刺激を与えなければ反応しないので、行動学的な睡眠の基準を満たしていることがわかりました。