ところが、商業的に大きな成功を収めたのはインテルだった。気づけば世間では、インテルこそがフラッシュメモリの発明者だと認識されるようになっていた。先に製品化したはずの東芝にとっては、屈辱以外の何ものでもない。

不遇の天才がついに認められた

ともあれ、結果として舛岡氏の発明は、東芝に巨額の利益をもたらしたものの、発明者本人はその恩恵にあずかれなかった。

IEEEスペクトラムによると、1990年代後半、デジタルカメラの普及でフラッシュ市場は急拡大し、東芝のフラッシュメモリ事業も勢いに乗った。は数十億ドル規模に拡大した。ところが皮肉なことに、同じ頃、舛岡氏と経営陣の関係は悪化の一途をたどっていた。やがて彼は会社を去る。

その後、利益を正当に配分するよう求めて訴訟を起こしている。現在、NANDフラッシュメモリはスマートフォンから宇宙探査機まであらゆる機器に搭載され、ノートPCやデスクトップでも旧来の磁気ハードディスクに代わり広く採用されている。一時は上司に「消せ」と言われた技術が、現代社会のデジタル基盤を静かに支えている。

オール・アバウト・サーキッツによると、2006年に訴訟は和解に至り、約8700万円を受け取った。数十億ドル規模のビジネスを生み出した発明への対価としては決して大きな額ではない。それでも、長年の貢献がようやく公式に認められた証しとなった。

キオクシア 本社(東京都港区)
写真=時事通信フォト
キオクシア 本社(東京都港区)

世界が注目した買収劇

時は移り、2017年。東芝がこの虎の子事業を分社化すると、世界中の投資家が買収に名乗りを上げた。

取引は一筋縄ではいかなかった。キオクシアはアップルやデル、ウエスタンデジタルといった大手IT企業と複雑な取引関係を持っており、関係各社の信頼を損なうことなく買収を進める必要があったためだ。

激しい入札競争を勝ち抜いたのは、アメリカの投資ファンド、ベインキャピタルが率いるコンソーシアム(企業連合)だった。アップルやデル、東芝を含む各社から構成されるこのコンソーシアムが、気前よく180億ドル(約2兆7756億円)を払い手中に収めた。

買収にあたり、ベインキャピタルは製造と技術開発の拠点を日本に残す方針を示した。キオクシアは日本企業だが、顧客の多くはアップルやデルなど海外の大手だ。世界中に顧客を抱えながら、開発や生産は日本で続ける。独立企業としての成長を支えてきたこの体制を、今後も維持する意向だ。昨年12月に果たしたIPO後も、ベインキャピタルが51%で株式の過半数を維持。東芝が32%で続く。