子どものために「自由な生き方」を手放す決意

しかし、子どもが生まれ、利他を主体に生きなければならないこのフェーズに、苦しむ自分を甘やかしていた殻を破らないといけないと気がついたのです。

そして、イタリアへ行く前の自分が考えていた自由とはほど遠い位置にあるような生き方を試してみようと思い立ちました。生まれてくる子どものために、人間はいざとなれば何だってできるんだという姿を見せなければならない、という強い義務を感じたのでした。

貧しかったために、良い産院などで子どもを産むことはかないませんから、出産はお金がそれほどかからないフィレンツェ大学の病院ですることになりました。

陣痛を「気のせい」とあしらう産婆

予定日より3週間も早く、夜中に産気づいたのですが、詩人は金策のために地元の悪い連中とどこかに出かけて留守でした。そもそも家族も誰もいない中での出産だったので、担当医の勧めで雇っていた産婆さんに電話をかけてみました。

年齢は50歳、ゴージャスな金髪に両手は指輪だらけ、未婚で出産の経験もない彼女は、にわかに私の言葉を信じてくれませんでした。陣痛がきているんですと言っても「気のせいよ」と嫌そうな声で答えて電話を切ってしまう。2時間くらいがまんしましたが、どんどん痛みがひどくなってきたのでまた電話をすると、「あなた今何時だと思っているの? 夜中の2時過ぎよ」と言う、そんな感じです(笑)。

4時近くになって「もう生まれそうなんです」と言うと、「ったくしょうがないわねえ、病院の前で待ってるわ」と太々しさ全開の対応。詩人はまだ帰ってきませんから、自分でタクシーを呼び、大学病院に向かいました。タクシーの運転手は苦しむ私に「お願いですからここでは産まないで」と焦っていました。

大学病院に着くと、その産婆さんが白衣を翻しながら仁王立ちで、ガムをかみながら私の顔を見るなり「おさまったでしょ、陣痛」とドヤ顔で問いかけてきました。そして、自分はどうしても7時に仕事に行きたいからそれまでに産んでくれないかとガムをかみながら頼んできました。気弱な私はそんなことを言われたために焦りが生まれ、それがおなかの子どもに伝わったのか、ちょうど7時に生まれました。

新生児の指の写真
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