貧乏を言い訳に自分を甘やかすのは終わり
ボロボロの分娩台の上で、赤ちゃんが出てきたのを感じた瞬間、頭の上のくす玉がパカーンと割れたような気持ちになりました。
そしてその割れたくす玉の中から「詩人、さようなら」と書かれた垂れ幕が降りてきたような感覚もありました。この世界で、人間として生きていくことがどれだけ大変ですさまじいものなのか、何もわからず、生まれることを志願したわけでもない生命体を前に、私ももう貧乏を言い訳に自分を甘やかすのはこれまでだ、と痛感しました。
この子も大人になれば必ず嫌な目にあう。だけど、それを克服できるように、私がそばにいる間は、どんな社会であろうとがんばって生きていく姿を見せなければならない、だからここからもうあなたの面倒は見られません、と詩人には告げました。もちろんその後しっかり別れるまでには2年の歳月を要しましたが、私の決意は揺らぎませんでした。
いったん絵を離れることに未練はなかった
私は油絵画家として生きていくという目的をいったんやめることにしました。挫折という言い方でいいと思います。それまで私が油絵で専攻していたのは15世紀のフランドル派の画家が描いていたような写実的な肖像画でしたが、肖像画というのはとにかく需要がない。写真が普及している現代において、肖像画なんて流行るわけがない。
それなのに、先生はそうした絵画をやるべきだと勧め、私もそれひと筋にがんばってきたのですが、生まれてきた子どもを見ていると、いったん絵を離れることにも未練はまったくありませんでした。


