“夫婦のコミュニケーションに問題ない”と判断したか

ただし、これはセツの能力の問題ではない。

そもそも八雲自身、体系的に教える教師ではなかった。学校では英語を講じていたが、英語教育のプロではない。いうなれば、たまたま雇われた、英語が話せる人である。だから、初歩の英会話を日本語で教えるノウハウなど持ち合わせていない。

おまけに、セツには家事も育児もある。毎日英語の勉強時間を確保するのは現実的ではなかった。

何より、二人の相互理解が深かったために、互いの乏しい語学力だけで日常会話も、怪談の聞き取りも、愛情表現も、すべて問題なくできるようになっていた。ならば、わざわざ正式な英語を学ぶ必要があるだろうか。八雲が「断念」したのは、そうした現実的判断の結果だった。

小泉八雲とセツ夫妻の像
筆者撮影
小泉八雲とセツ夫妻の像

そう割り切ったからこそ、かえって「ヘルンさん言葉」という豊かなコミュニケーション手段が発達したのである。

ただし、子供の教育となると話は別だった。一雄は続けてこう記す。

私も正に出雲の人々の手によって取扱われた結果、幼時は出雲弁であった。そして父からだんだん離れていった。これではならぬと父が私を捕らえて英語を教え始めたのは私が数え年の5歳の秋からで、東京牛込時代であった。

英語を知らない“よその人”とは会話できない

長男が出雲弁になってしまったのを見て、八雲は慌てて英語教育を開始した。夫婦間なら「ヘルンさん言葉」で十分だが、子供には正式な英語を、という、父親としての現実的判断である。

しかし、この「ヘルンさん言葉」は、第三者がみると、どうしてそれで通じるのか謎である。

巌は、こう記している。

「例えば「テンキコトバナイ」といえば「天気は申し分なくよろしいという意味です。それから、例えば「巌は遊んでばかりいるから悪い。これから少しの間勉強する方がよい」という意味を表すには「イハホ、タダアソブ。トアソブ。ナンボ、ワルキ、デス。スコシトキ、ベンキョ、シマセウ、ヨキ」まあこんな調子ですから、英語を知らないよその人とは中々会話できません」

「英語を知らないよその人とは会話できない」と説明しているが、これを見る限り、英語を知っていても理解できないだろう。「テンキコトバナイ」と聞いて、即座に「天気」「言葉」「無い」と理解して「ああ、そうですね今日は天気がよくてほっとしますね〜」なんて、返事できる人はなかなかいない。

しかも八雲は、「なんぼう(なんで〜だろう)」という出雲弁まで混ぜていた。英語+日本語+出雲弁。まさにカオスである。