※本稿は、平尾昌宏『ふだんづかいの生命倫理学 生と死はどこまでコントロールしていいの?』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
日本では「中絶」は基本的に違法である
出生前診断というものがあります。つまり、子どもが生まれる前に、その子の遺伝の状態が検査できる……。ふーむ、もう分かってしまってちょっと顔が曇っている人もいるかもしれません。そう、考えられるのはこういうことです。
生まれる前の子どもを検査して、将来的に病気になる遺伝子が見つかったとか、何らかの障害があるということが分かったら、その分だけ選択肢が増える。どんな選択肢が? そう、場合によっては人工妊娠中絶です。こういうのを選択的中絶と呼びます。
案外知らない人も多いですが、日本では中絶は基本的に違法です。言うまでもなく胎児ももちろん生命を持っており、そのまま行けば人間になるわけだから、そうした存在を物のように扱ってはならない、という考えが基本にあります。
だから、ベースになるのは「中絶はしてよい」ではなくて、「中絶はしてはならない」です。法律もいちおうそうなっていて、堕胎罪っていうのがある。ただ、やむを得ない場合、仕方がない場合にはそれが例外的に許される、というのを決めているのが母体保護法。
「中絶はやむを得ない」という場合
母体保護法の目的は文字通り、母体の保護です。
つまり、妊娠中の母親や胎児に何か問題が生じて、このまま出産まで行ったら母親の方が死んでしまうというような場合、やはり現に人間として生きている母親の方を大事にしましょう、そのためには中絶もやむを得ない、というわけです。
ただし、ここにさらにおまけがついて、中絶の許容条件はもう少し広くなっています。経済的な理由その他で、産んだとしても母親が育てられない状況にあるといった場合です。こうした場合も、つまり中絶はやむを得ないとみなされるからです。
それに対して、病気や障害の遺伝的因子を持っている胎児の場合を選択的中絶と呼ぶのは、この場合の中絶はやむを得ないものとは言えないからです。
母体か胎児か、どっちかしか助けられないといった場合であれば、これは中絶もやむを得ない。ここで中絶しないとなれば、お母さんの方の命を危険にさらすことになるからです。こうした場合には選択の余地はないわけです。
それに対して、出生前診断によって胎児に何らかの遺伝的な問題があると分かった場合はやむを得ないとは言えない。こっちの場合は中絶するかしないか、選択の余地が生まれる。だから選択的中絶。

