話が面白ければ、セツに何度も語らせた

ドラマでは簡略化されて描かれていたが、八雲がセツから怪談を聞き取る時の姿はいささか奇妙である。セツの回想では、こう記されている。

私が昔話をヘルン(註:ハーン、小泉八雲のこと)にいたします時には、いつも始めにその話の筋を大体申します。面白いとなると、その筋を書いて置きます。それから委くわしく話せと申します。それから幾度となく話させます。私が本を見ながら話しますと「本を見る、いけません。ただあなたの話、あなたの言葉、あなたの考えでなければいけません」と申します故、自分の物にしてしまっていなければなりませんから、夢にまで見るようになってまいりました。

話が面白いとなると、いつも非常に真面目にあらたまるのでございます。顔の色が変わりまして眼が鋭く怖ろしくなります。その様子の変り方がなかなかひどいのです。

(小泉節子「思い出の記」『小泉八雲』恒文社1976年)

これは、他に類を見ない語学特訓だったともいえる。

想像してみてほしい。セツが本を見ずに、自分の言葉で怪談を丁寧に語る。八雲はあらすじを知った上で、一言一句聞き逃すまいと集中する。だから顔つきが次第に険しくなっていく。そして、同じ話を何度も何度も繰り返させるのだ。

これが毎晩のように繰り返されたためか、八雲は書く時には英語を使う一方で、会話や聞き取りは一定水準以上になっていたとされる。

小泉八雲が気に入った庭(小泉八雲旧居)
筆者撮影
小泉八雲が気に入った庭(小泉八雲旧居)

セツの話すこと“すべて”を理解したかった

だが、この語学特訓の本質は、技術の習得ではない。

これは、お互いを知ろうとする愛の深さが生んだものだった。八雲がセツの語る怪談に真剣に耳を傾けたのは、日本語を学ぶためだけではない。セツの心、セツの感性、セツが大切にしている日本の文化。それらすべてを理解したかったからだ。

実際、セツが女中として雇われてから、二人が夫婦になることを決めるまで、さほど時間はかからなかった。1891年1月にセツが女中に出てから間もなく結婚している。

問題は、その間だ。互いを意識し始めた時、想いを告げる言葉をどうしたのか。まさか、紹介者である中学校教頭の西田千太郎を連れてきて「通訳してくれ」というわけにはいくまい。それはあまりにも野暮である。

「二人の間に言葉はいらない」

……確かに美しい。だが、それで済むのは恋愛期間中だけである。

結婚したらどうするのか。女中相手なら「ティー(お茶)」「クリーン(掃除)」と単語を並べれば済む。だが妻となれば話は別だ。「今日の夕飯は何がいい?」「親戚が来るけどどうする?」「そろそろ子供も欲しいね」……こんな会話を単語だけでこなせるだろうか。

想像してみてほしい。八雲が結婚を申し込むシーンを。

「セツさん、えーっと……マリッジ? いや、日本語で何て言うんだ。M、M……」

分厚い辞書をめくりながら汗をかく八雲。横で不思議そうに見つめるセツ。ロマンチックどころか、完全にコントである。