夢は単なるノイズではない
本連載では通常、「根拠ある医療健康情報」をお伝えしている。だが今回は、医学的根拠がない「夢」について執筆したいと思った。一番大事なことは、読者のみなさんにとってその時に役立つ記事を届けることだ。
新年を前にした今号では、それが夢だと考えた。私自身、8年前に夢について不思議な体験をしている。詳細は後述するが、そのきっかけをくれたのが、およそ10年前に出会った公認心理師の江夏亮氏だ。
今回も彼に取材をしたいと考えたのだが、その前に編集部はテーマに難色を示すかもしれないと、プレジデント誌の星野貴彦編集長にメールで相談をした。すると、<すごく面白いテーマです。夢は誰もが見るもので、その解釈について気になります>と返信があった。続けてこうも書かれていた。
<「夢と意識は関係ない」というのが、脳科学的な主流の立場だと思っていたのですが、調べてみるとそれはもう古いのですね。Geminiからは「夢は単なるノイズではなく、あなたの脳があなた自身をより良く生きるために毎晩紡ぎ出している、切実で愛に満ちた計算処理の結果なのです」と言われました……>
なかなか気の利いた答えだと笑ってしまった。
そして今月、10年ぶりに江夏氏にお会いし、取材をした。
今の重要な問題と関連がある
夢分析や心理カウンセリングを行う江夏氏は、その道一筋のように思われがちだが、実は全くの異業種出身である。東京大学化学工学科修士課程修了後、日本鋼管(現JFEスチール)中央研究所に入社し、開発した新製品の功績により社長賞を受賞するという順風満帆な20代だった。しかし心の内は苦悩していたという。
「忙しいときは休みもなく、工場で徹夜で実験をして、そのまま会社に行ってまた実験を続けるという生活。仕事仕事で、36時間眠れないこともありました」と江夏氏。
「若かったので体力的には大丈夫でしたが、会社と自宅の往復で、『何か違う、人生はもっと意味があるはずだ』と感じていたんです。そんな時、知人から『こういう催しがあるんだけど、行ってみない?』と誘われました」
それが、江夏氏が人生をかけて学びを深めていく「ゲシュタルト療法」との出合いだった。“気づき”から本来の自分を取り戻して成長につなげる療法である。
「最初はうさんくさいと思いましたが、とりあえず行ってみようと。そうしたら面白くて、『自分を変える力がある』と実感しました。私は理系出身ですが、夢には公式があると捉えています。そのひとつがゲシュタルト療法という位置付けですね。夢から読み取ったことを自分の人生で実践してデータを得て、こんなふうに役立つんだと。夢解釈に携わってきたクライアントさんを見てもそう思いました。ですから笹井さんは『今号は根拠がない話』と言いましたが、私の場合、夢の話は根拠があることなんですよ」
なるほどと思った。人によって「何を根拠とするのか」は異なる。
江夏氏によると、「夢は夢見手(夢を見る人)の今の重要な問題と関連がある」と言う。何かしら自分の中で調和が取れていないところを、夢(無意識)が教えてくれるのだ。
「精神分析学者のジークムント・フロイトは、人は無意識に支配されていて、夢はその無意識を知る重要な手段と考えました。『この夢を見た人にはこのような無意識がある』と解釈を示したのです。対してカール・グスタフ・ユングの分析心理学では、安易に無意識の領域に足を踏み入れると、意識がのみ込まれて(壊れて)しまう場合があることを恐れていました。そしてもう一人、イタリアにロベルト・アサジョーリという無意識に対してプラスのイメージをもつ素晴らしい学者がいました。私はアサジョーリの考えに近いです」

