業務用マッサージチェアで業界トップを走る小さな会社がある。日本メディックの看板商品「あんま王」は、温浴施設だけでなく、新幹線の待合室やショッピングセンターにも置かれるようになった。だが、その前身は家庭用マッサージチェア事業で倒産を経験した会社だ。なぜ業務用に活路を見出し、成功することができたのか。倒産からの立て直しに奮闘した城田裕之会長と、長男で現社長の城田充晴氏に話を聞いた――。

約8億円の負債を抱えて会社が倒産

「人生で初めての家族会議が、父からの約8億円の負債を抱えて会社が民事再生法の適用申請をするという報告でした」

業務用マッサージチェア「あんま王」で業界トップの日本メディックの城田充晴社長はそう語った。2010年末のことで、民事再生法適用は平たく言えば“倒産”である。

「暗いムードの家族会議だったのでしょうね」と質問すると、意外にも「私も母もそうですが、妹も、『ああ、そうなんだ』くらいの受け止め方でした」という返事が戻ってきた。父親が仕事の話をすることはなかったので、会社の苦境も初めて知ったのだという。

民事再生法適用となれば、社長である父親の財産も返済に充てられることになる。城田社長が両親と暮らしていた、横浜市の4LDK庭付き一戸建ての家も手放すことになる。

「私が買い取って残すことも考えて、銀行に住宅ローンの相談に行きました。大手銀行系の会社でシステムコンサルタントとして働いていたので、系列の銀行なら住宅ローンを組めるのではと期待したわけです。しかし、勤めて2年足らずだったこともあってか、あっさり断られました」

当時の様子を語る城田充晴社長
撮影=プレジデントオンライン編集部
当時の様子を語る城田充晴社長。父親が社長を務めていた会社が倒産した際、意外に家族は落ちこまなかったという

2011年1月26日に民事再生法適用の申請をすると、城田社長と両親は横浜市の家を出て、東京都大田区の2LDKの賃貸マンションに引っ越す。一戸建ての持ち家から狭くなった賃貸への引っ越しは気持ち的に辛かったのではないか、と想像してしまう。

「全然、そういうことはありませんでした。母も暗くなることはなかった。持ち家は無くなりましたけど、民事再生なのに横浜から東京に上ってきたわけですからね」と言って、城田社長は笑った。“都落ち”のはずが“都上り”になった、と言いたいらしい。不思議なくらい前向きな家族だ。