最初期に業務用のマッサージチェアを開発

城田社長の父親である城田裕之氏は現在、日本メディックの会長を務めている。彼が社長を務めて民事再生法の適用となったのは、日本メディックの前身であるトレヴィ株式会社だった。

会長がトレヴィに入社したのは1984年で、三重県で父親が営んでいた製麺業がうまくいかず、家計を助けるための就職だったという。温浴施設や健康ランドにマッサージチェアを置いて体験してもらって購入を勧める、いわゆる展示販売が仕事で、朝10時から夜10時まで働きつづけたそうだ。

最初は三重県での勤務だったが、東京の本社に3年間という約束で異動し、そのまま東京に居つづけることに。最終的には社長にまで出世した。オーナー経営者がいたので、いわゆる“雇われ社長”である。そして、民事再生まで経験することになる。