AI医療が人間の医者よりも優れる点は何か。『AIに看取られる日 2035年の「医療と介護」』(朝日新書)を出した医師の奥真也さんは「AI診療は、数百年分の全医師が経験した臨床データを同時に参照できるという強みがあり、病名の特定という点でも圧倒的なアドバンテージがある」という――。

AI化で進む治療の「答え合わせ」

逆説的に聞こえるかもしれませんが、AI医療の普及が進むと、その移行期(過渡期)には、医療ミスとして表面化するケースが一時的に増える可能性があります。

これまでの医療現場では、医師自身が判断に確信を持てないまま、「たぶんこのあたりの病気だろう」とアバウトな診断や処方を行う場面が少なくありませんでした。そして多くの「誤診」は、患者さんの症状が悪化しない限り、振り返って検証されることがなく、見逃されてきたのです。

しかし、近年の医学は「この病気にはこの治療が必要」という明確化が進み、ガイドラインも整備されて、診断や処置の「正解」が以前より見えるようになってきました。結果として、これまで曖昧に済まされていた誤診やミスがはっきりカウントされるようになってきたのです。

AI医療が本格的に導入されれば、「答え合わせ」はさらに進みます。過去の医療行為が検証され、従来の方法に潜んでいた不適切な診断や処置が明らかになることで、一時的に「ミスが増えたように見える」現象が起こるでしょう。

稀な病気にも強いAI診療

しかしこれは、可視化と精密化が進むための通過儀礼であり、長期的には医療の質と安全性を高めます。

ある医師がガイドラインに沿わない処方をしようとしたとき、AIが「この検査ステップがまだ完了していません」とアラートを出すことで、判断を補正するとします。そのとき、AIの指摘によって初めて「これまで自分がどれほど勘や慣れで診療していたか」に気づき、背筋が伸びる医師も出てくるかもしれません。

いまのところ、すべての病気に診療ガイドラインがあるわけではありません。

新薬の開発と同じく、ガイドラインが作られる病気には「患者数が多く、多くの人の診療の役に立つ」「希少疾患で国も支援している」といった背景が必要です。患者数が極端に少ない病気だと、適切な専門家や学会が十分に存在せず、ガイドライン自体が誕生しないことは珍しくありません。

では、そうした病気に対してAIは無力なのでしょうか?

これも逆で、AIのほうが対応できるのです。ガイドラインは基本的に病名ごとに作られていて、医師が病名に見当をつけられなければ、そもそもガイドラインを参照するところまで到達できません。特に、稀な病気の場合には、診断に慣れていなくて病名を絞り込めない医師も少なくないのが現実です。医師がその職業人生で一度しか遭遇しない病気は普通にあるのですから。

AIヘルスケア
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