なぜ、「男磨き」から男性中心主義者が生まれやすいのか。『その〈男らしさ〉はどこからきたの? 広告で読み解く「デキる男」の現在地』(朝日新書)を上梓した小林美香さんは「『男磨き』に勤しむことは、女性を“成果報酬”や“トロフィー”のようにモノ化して扱う価値観を内面化させてしまう」という――。

マノスフィアの強い影響力

「男磨き界隈」は日本に固有の現象ではなく、英語圏では若年層の男性インフルエンサー、ポッドキャスト番組や動画の配信者を中心とするオンラインの集合体「マノスフィア(manosphere:男の世界、男の文化圏)」が形成されています。

マノスフィアの基盤にはブロカルチャー(bro culture:野郎文化)という「男らしさ」を至上とする価値観に根ざした文化があり、その界隈の中では恋愛、自己啓発、肉体改善のためのエクササイズ、格闘技を中心としたスポーツなどが議論されています。

マノスフィアの価値観はインターネット上にとどまらず、2024年のアメリカ大統領選でドナルド・トランプを支持した若年層の男性にも広がり、政治動向を左右するほどの強い影響力を持っています(*1)。男性中心主義者の価値観は、世界各地で開催される女性にモテるためのノウハウを伝授する講座(ナンパスクール)を通しても受講生に伝授されています。

2025年8月11日、ワシントンD.C.のホワイトハウスで記者会見するドナルド・トランプ大統領
写真提供=©Michael Brochstein/ZUMA Press Wire/共同通信イメージズ
2025年8月11日、ワシントンD.C.のホワイトハウスで記者会見するドナルド・トランプ大統領

女性をモノ化して扱うモテビジネス

フェミニズム研究者のジェーン・ウォードは、レズビアンの視点から異性愛関係に巣喰う家父長制的な構造の問題について論じた著書『異性愛という悲劇』の中で、調査研究として数々のナンパスクールに潜入取材して得た知見をもとに、以下のように指摘しています。

モテビジネスが、白人至上主義の異性愛家父長制が理想と掲げる、セックスの相手としての女性像を、世界中に浸透させてきたことがわかる。アメリカとイギリスのモテ講座では、コーチは人種を問わず、あらゆる男性が白人女性の肉体を好むよう誘導し、それが当たり前だと教えている。男性受講者は「セクシーなブロンド女性」との交際は、成功の象徴であると同時に、移民として、国際派として成功し、認められた証であると考えているため、コーチは彼らに白人女性とのセックスを期待させる(*2)

ウォードが調査した「ナンパスクール」や「モテビジネス」の基盤にある価値観は、「男磨き界隈」に浸透するものと同一であり、「セクシーなブロンド女性」は「爆美女」のイメージに重なります。「爆美女を抱く」という言葉は、個別の女性と向きあって関係を築くのではなく、ファンタジーとしての女性を追い求め、性的な願望を投影する対象としてのみ扱う態度を表しています。

「爆美女を抱く」ことをモチベーションとして「男磨き」に勤しむことは、能力を高めることによって得られるトロフィー、成果報酬のように女性をモノ化して扱う意識に直結します。

そのような性愛に結びついた欲望が、階級の上昇や出世を望む意識と白人至上主義的な人種意識によって駆動されているというウォードの指摘は空恐ろしく感じられます。