社員1人ひとりが「ミニ稲盛さん」に

このためにあるのが「フィロソフィ」です。たとえば京セラには「京セラフィロソフィ」という経営哲学があります。「公明正大に利益を追求する」「お客様第一主義を貫く」「大家族主義で経営する」「原理原則にしたがう」などが書かれた「フィロソフィ手帳」を全員が携帯します。多くの企業で社是や理念が形骸化しているのとは対照的に、現場のリーダーは困難な経営判断の場面ではフィロソフィ手帳を開いて「この状況で稲盛さんならどうするか」と考えます。この結果、たくさんのリーダーに経営判断を委ねつつも、その判断基準は同じになります。全リーダーが「ミニ稲盛さん」として行動できるのであれば、部門が衝突するリスクは著しく小さくなります。

こうした点で、JALの事例はとても興味深いものです。航空会社は、航空機の整備、空港での窓口業務、パイロットやCA、どれが欠けても業務を遂行することはできません。ところが、アメーバ経営は部門別採算です。各部門が儲けを出すことが求められるため、どうしても部分最適のリスクが出てきます。これでは会社全体がバラバラで採算はおろか、安全も脅かされます。それを防ぐために、京セラのものを参考に、40項目からなるJALフィロソフィがつくられました。代表的なものには「1人ひとりがJAL」「最高のバトンタッチ」などがあります。全員が会社の代表の気持ちで自分の責任を全うするとともに、部門間での協力を完璧なものにしてお客さんにサービスを提供しようということを強調します。全体最適となって初めて、安全運行や定時離発着ができ、顧客の信頼を取り戻すことができるのです。これが採算につながるのは明らかです。今日のJALの好業績は部門別採算とフィロソフィの両輪によって支えられています。同社の劇的な変化は、アメーバ経営の効果を端的に示すものといえるでしょう。

稲盛さんは、会社を立ち上げたとき、経営についての知識がありませんでした。常識にとらわれず、「なぜなのか」「こうしてはいけないのか」と徹底的に考えました。その結果、非常にユニークな、合理的経営手法が生まれたのです。

神戸大学大学院経営学研究科 教授 三矢 裕
1966年生まれ。川崎製鉄での勤務を経て、2001年神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。03年神戸大学大学院助教授。08年より現職。著書に『アメーバ経営論』など。
(構成=宮上徳重 撮影=市来朋久 写真=PIXTA)
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