【俣野】先のことばかり考えずに目の前の仕事に集中して取り組むほうが、かえって道が開ける。
【弘兼】いろいろ悩む人って、時間がありすぎるんだと思いますよ。僕は昔、政府の自殺問題懇談会の委員をやったことがあるんですが、そのとき配られたデータを見ると自殺者の7割が無職なんです。自殺の原因はひと言では片付けられないだろうけれど、仕事をしていないと考えごとをする時間が膨大にあるため、ついつい余計なことまで考えて自分で自分を追い詰めてしまう傾向はあるような気がします。
その点、僕はとにかく目の前の締め切りをクリアすることに追われてきましたから、余計なことを考える余裕がなかった。だから今もゴルフをやる時間も飲みにいく時間もほとんどないんだけど、それでもこの年齢まで漫画家を続けてこれたのだから、忙しいのは幸せなことなんだと思います。
【俣野】サラリーマンにとって一番辛いことは何かといったら、仕事を与えられないことなんですよね。何もやらなくていいから、ただじっと座っていろと言われたら、これは地獄ですよ。それに比べれば、仕事が忙しくて目が回りそうだなんていうのは、ほんとうに贅沢な悩みではないでしょうか。
【弘兼】上司に仕事をどんどん命じられるということは、少なくとも自分がほかの人よりも信頼されているということですからね。「なんでこんなに働かなきゃいけないんだ」とボヤくのではなく、「また選ばれちゃった」と喜んだほうがいい。僕も難しい背景を描いてほしいときは、アシスタントがA君、B君、C君といても、これはB君やC君には無理だからといってA君に渡します。だからA君は仕事が重なって、「なんで俺ばっかり」と思うだろうけれど、それは実力を認められて信頼されているということですからね。
【俣野】それにたくさん仕事をすれば、そのぶんチャンスも増えますしね。