日本が襲われた時は、私が守る
バッタの大群に立ち向かうのは、時代の動きを読むことに長けた青森県知事・野上高明。首相の座を狙える位置にいながら中央政府を退いた政治家。中央政府と闘う際に「私が、憲法だ」と東北を救うために奮い立つ。そして、彼が右腕として救いを求めたのが弘前大学の昆虫学者・形部(ぎょうぶ)保行。形部は飛蝗対策委員会の責任者を経て東北の治安を司る責任者として、軍人のごとく奮起する。形部の年老いた師匠である日本で数少ないバッタ研究者・秋野平造はバッタを説明するのに、
「飛蝗を英語ではローカストと略していうが、ローカストなる語源はラテン語から来ていて〈焼け跡〉の意味だそうだ。飛蝗に襲われたら、もはやそこは焼け跡と化すのよ。それほどおそろしい生き物だ。古代エジプト人などは飛蝗の翅(はね)にある奇妙な紋をヘブライ文字で〈神の罰〉と書いてあるのだといった。つまり、飛蝗を防ぐ方法はなかった。狙われたら最後になる。それは〈神の罰〉だからだ」
と述べている。世界ではバッタによる被害は天災と捉えられている。
バッタの群れを蹴散らそうと出撃した戦闘機はバッタの群れに巻き込まれ、エンジンがバッタを吸い込み、一機20億円が20機墜落する。旅客機も墜落してしまう。なけなしの食料を守ろうと殺虫剤片手に待ち受けていた農民が逆にその殺虫剤を浴びて絶命してしまう。もうめちゃくちゃである。さながら地獄絵図なのだが、物語の全てはバッタの不気味な生態や詳細な被害データによって裏打ちされているため、深刻さが手に取るようにわかり、想像を超えて現実のものと錯覚してしまう。何故に小説家がここまでバッタの生態に詳しいのか謎で、逆に私の方が初耳であったことまで書かれている。そして、バッタと同等に事態を悪化させるのは、東北を軽視した畦倉首相。政策ひとつで国が崩壊の一途を辿る模様がスリリングに描かれており、この本から政治の恐ろしさを知った。
そもそも昆虫学者が国家の運命を握っている小説などあっただろうか。そして、偶然とは恐ろしいかな、実は私も形部と同じ弘前大学出身の昆虫学者でバッタの専門家だ。しかも恩師である安藤喜一先生(弘前大学名誉教授)はトノサマバッタを研究なさっていた。私たちは実写版ではないか! 学生時代に『蒼茫の大地、滅ぶ』の漫画版を読み、自分の未来が予言されているようで衝撃を受けた。先進国には必ずバッタ研究者がいるのだが、日本にはほとんどおらず、この怠慢は日本を滅ぼすかもしれないことが本文中で懸念されている。この作品に感化され、私はバッタの被害が慢性化している本場のアフリカで武者修行を積んでいる。日本がバッタに襲われた時には私が先頭に立って故郷を、そして日本を守るために。
このタイミングで復刻されることに私は運命を感じている。この小説が売れに売れまくって日本でバッタの恐ろしさが浸透し、バッタブームが巻き起これば自分の研究ポストが自然と生じるだろう。無収入の私への追い風にもなるため、皆様の惜しみない支援を心からお待ちしております。
●次回予告
バッタ博士と幻のパニック小説の関係が明かされた第2回。ところで「ひと工夫」の話はどこへ? はい、次回からいよいよその話です。バッタの地、モーリタニアに赴任したのに、その肝心のバッタがいなかったバッタ博士。収入どころか失職のピンチ。そのとき編み出された研究者としてのひと工夫があった。それは「浮気」と「押してみた」。次回《仕事がない!——ならば仕事をつくってみよう》、乞うご期待。(7月6日更新予定)