管理統制から個性重視へ
次に、2012年のベストセラーである落合さんの『采配』をみていくことにしましょう。落合さんの考え方はしばしば「オレ流」、つまり彼独自のスタイルをもつものだと評されます。しかし、先に紹介した川上さんらの時代の著作と見比べてみると、その根底において、近年のプロ野球監督本のトレンドに沿った部分があることがみえてきます。
『采配』の本文は次のように始まります。「『一人で過ごすのは好きだけれど、孤独には耐えられない』 最近の若い選手に対する印象だ」。一人部屋のある生活、テレビゲームや携帯電話が当たり前のようにある環境で育ってきた「若者たちの気質の変化」に配慮して、若い選手が一人で過ごす時間を大切にしてやることが必要だ、というのです(12-13p)。
しかしその一方で、グラウンド上で「何か指示を出してください」といった「ひ弱さ」を見せるようだと、「気質の変化」に配慮している場合ではないとも述べます。プロの選手なのだから、「自分一人で決めねばならない」(13p)、「孤独に勝てなければ、勝負に勝てないのだ」(14p)、と。
他にも、野球での成功を収めるためには「セルフプロデュースする能力が必要なのではないだろうか」(26p)、「今の時代の若い選手に教えておかなければならないのは、『自分を大成させてくれるのは自分しかいない』ということだ」(213p)、「自分で自分を成長させた選手がレギュラーの座を手にしていくのだ」(215p)といった言及もあります。
川上さんをはじめとした1980年代前後の指導者論が新たに注目したのは、個々の能力を結集したところに現われる組織の力でした。この組織の力を最大化すべく、自らを組織の管理者としてつくり直し、部下と自らの立場をしっかり切り分け、部下を統制し、教育し、育てていこうとするのがこの時期の指導者論だったといえます。
落合さんは、選手に対して距離を置くという点では1980年前後の指導者論に通じるものがありますが、個々の選手の能力を伸ばしていくこと、特にどう自立的に考え、自ら成長していく人材を育てるかということをより重要視しているようにみえます。「選手たちにはできるだけ自由にさせたい」(117p)、「自由というものが最大の規律になる」(123p)という言葉にもあるように、上から管理統制するのではなく、個々の選手がプロとして自覚をもって自ら考えて行動し、自ら管理統制することを求めているのだということができます。