「知の探索」が中長期的成長のカギ

企業には、今儲かっている事業や技術を深掘りする傾向が本質的に備わっています。そうなると短期的な収益は上がる代わりにイノベーションの停滞が起き、中長期的な成長が危うくなる。これを経営学では「コンピテンシー・トラップ」と呼びます。

このトラップを回避するには、知の探索を継続して行う必要があります。アップルでは、知の探索型人間であるジョブズの強い個性が、同社のイノベーションを支えてきました。しかし、ジョブズ亡き後、知の深化型のクックがCEOに就きました。その途端、何人もの幹部がアップルを去っていき、結果、経営陣の中に知の探索型人間が手薄になってしまった。知の探索機能が衰えたアップルはコンピテンシー・トラップにはまりつつあるのではないか――。株価下落は、市場が正直に反応した結果ではないでしょうか。

知の探索の得意な企業と言われて私が真っ先に思い浮かべるのは、小売り世界一のウォルマートです。同社には面白い仕組みが山ほどありますが、前CEOのリー・スコットいわく、「オリジナルは1つもない」。平たく言うと他社からパクっているわけです。

例えば社員をemployeeではなく、associateと呼ぶのは大手デパートチェーン、J.C.ペニーの真似ですし、開店前に販売員が全員で声を出して気合を入れるのはある運動用品メーカーの慣行を拝借したそうです。そのやり方も面白い。「いい」と思ったものはまず慎重に試してみて、うまくいくとわかったらお金をかけ、全社で一斉に展開しています。

真似を馬鹿にしてはいけません。トヨタ生産方式の生みの親、大野耐一氏が「ジャスト・イン・タイム方式」を着想したのは、アメリカのスーパーマーケットの仕組みを知ったことでした。業種や業界の枠を超えた「知の探索」を行った結果、生まれたイノベーションと言えるでしょう。ウォルマートも他分野から真似たアイデアを独自に組み合わせ、成功しています。