世界で一番の長寿となり、1人あたりの医療費が日本で一番安くなりましたが、若月先生や佐久病院が、当初からそれを目標にしていたかというとまったく違うと思いますよ。病院もなく、お金もなく、健康状態も問題だらけだった農民たちに対して「東京まで行かずに済み、できるだけお金もかからない形で幸せな一生を送れるような地域を実現したい。だからぜひ君たちには私たちを支えてほしい」と訴え続けてきた結果なのだと思います。

自覚すべきは医療技術の限界

戦後、日本ではリッチな東京の平均寿命が一番長い時代がずっとありました。そのあとは、気候が温暖な沖縄県が一番になりました。ではなぜ、裕福でもなく、温暖でもない長野県の平均寿命が一番になったのでしょうか。

私は、それは「予防」にあると考えています。「“Prevention is better than cure.”(予防は治療に勝る)」ということを半世紀以上も前から、長野では愚直に取り組んできたのです。

当時の長野は、封建的な風土が色濃く残っていました。家の中で嫁が、味噌汁の塩分を減らすようなことをすれば「バカ嫁」のレッテルを貼られ、嫌みを言われるようなところです。また男尊女卑もあり、何十年のキャリアを持つ女性の保健師であっても、村長クラスのリーダーと直接話をすることも許さない雰囲気があった。彼らに向かって「減塩すると死亡率が下がり、医療費も安くなります。予防は医療に勝るのです。私たち医者に会う前に、保健師さんのもとへ通ってください」と10年、20年言い続けたのです。医療情報をより深く理解してもらうために劇をつくって劇団も結成し、今でも活動を継続しています。

でも、一度生活習慣を変えることに成功すれば、どんどんいい循環がはじまりました。農村の人は、実直なところがあって、相手を信頼すればみんなでいっぺんに健康に気を使いはじめるのです。

それとは対称的に、都会の人は予防に関して軽視しがちなところがあるように思えますね。お金がかかっても最先端の医療技術をもってすれば病気の大部分は根絶できるとでも考えているのでしょうか。確かに感染症に関しては、それに対応する薬を使えば完治する場合が多い。しかし、ここ20数年の医療技術論から考えると人間の寿命はさほど延びてはいません。診療すればするほど病名はたくさんつくけれども、加齢は治療しきれない。医療費ばかりがどんどん膨らんでいるのが現状です。