「新しい製造ラインを作ってください」

当時も今も、ハンドソープ1本の値段はせいぜい298円、398円といったところだ。しかし、当時、ポンプフォーマーの原価は1個が約150円だった。そうすると、新製品の泡ハンドソープ1本が500円以上になってしまう。キレイキレイの2倍の値段になってしまえば、売れるはずがない。

夏坂は考えた。局面を打開するため、花王と付き合いの深いボトルメーカーの吉野工業所の担当者と交渉することにしたのである。

夏坂は切り出した。

「今度の商品、泡のハンドソープは洗う楽しさを前面に出したもので、子どもたちが待っている商品です。確実に売れます。年間に5万個出ればいいという商品ではなく、初年度から50万個の出荷を狙います。ですから、新しい製造ラインを作ってください。原価を引き下げてください」

夏坂は大量注文に加えて、もうひとつ約束した。

「詰め替えのハンドソープはボトルで売ります。パウチ加工にはしません。ボトルの製造もまた御社にお願いします」

ハンドソープ、シャンプー類は本体の他に必ず詰め替え品を用意する。パウチ加工のほうが置き場所を取らないこともあって、当時から、パウチ加工の詰め替え品が少しずつ増えていた。しかし、夏坂はあえて「ボトルにする」と約束したのだった。

それは通常、パウチ加工の容器は印刷会社が製造することになっている。一方、ボトルであればボトル製造の吉野工業所が請け負うことができる。吉野工業所にとっても開発しがいのある商品になる。

また、ハンドソープは家族全員が使用するので頻繁に詰め替えが発生する。そして、規定量以上に溶液を入れると、容器内の空気のスペースがなくなり、泡がつくれなくなる。パウチ加工よりも量をコントロールしながら詰め替えができるボトルタイプのほうが便利だ。そこまで考えて、夏坂は吉野工業所に開発を頼んだ。

撮影=関竜太
インタビューの様子

発売から16年をかけて、ついに…

吉野工業所もまた本腰を入れることにした。製造コストの原価低減を図るために日本ではなく、タイにある工場に新しくラインを作り、そこでポンプフォーマーを生産することにした。すると製造コストは半額近くになったのである。

2年間の開発を経て、2004年、花王の新商品、泡ハンドソープの「ビオレu 泡ハンドソープ」がリリースされた。それまでハンドソープ市場はライオンのキレイキレイとレキットベンキーザー・ジャパンのミューズが占めていたのが、ビオレuは発売からまもなくミューズを抜き去った。

翌2005年、ビオレuは本体が200万本、詰め替えが500万個という大ヒット商品になった。

一方、キレイキレイも花王に追随して同じ年に泡タイプのハンドソープを売り出した。だが、主力は液体ハンドソープである。液体と泡の両種を合わせたキレイキレイの売り上げは本体で花王の3倍、詰め替えで5倍以上の差があった(2005年)。

ただし、泡に関して言えばビオレuのほうが圧倒的に多かった。その後もビオレuは順調に伸びていった。コロナ禍の2020年、ビオレuは初めてキレイキレイを上回り、本体1530万本を売り上げた。

現在、家庭で使われているハンドソープはほぼ泡タイプである。液体ハンドソープが使われているのは工場など業務用が多い。