「手洗いする子どもは2つのタイプがいる」

一方、花王はO157の集団食中毒発生前に、2回ハンドソープを開発、発売していたが、いずれも失敗だった。さらにライオンのキレイキレイ発売後、あわてて薬用ハンドソープを発売したが、結果は惨敗。キレイキレイを抜くことはおろか、近づくことすらできなかった。

つまり、夏坂が着任するまでは「ハンドソープ開発」は禁句とも言えたのである。そうした背景があり、大熊は捨て身で開発に望んだ。

「ダメでもともと、思いきってやるしかない」と覚悟を決めた。