男女平等の道筋を作ったナヤール族

現在も、ケララは外部の人々から母権社会だと言われることが多い。実際には、ほかの地域と同じように、ミソジニー(女性嫌悪)の考え方や虐待が存在し、決して女性がすべての権力を握っているわけではない。まして低いカーストの女性たちには力はない。

だが、この伝説にはいくらか真実も含まれている。この州の男女平等に関する記録の少なくとも一部は、古くから続くナヤール族に起因している。ナヤール族は、かつてこの地域の一部を支配していた、カーストに基づく有力なコミュニティで、父系ではなく母系で先祖までたどれるように組織されている。

彼らは例外として扱われることが多いが、母系の傾向が見られる社会はアジアや南北アメリカ大陸に点在し、アフリカ中部には幅広い「母系地帯」が広がっている。母系的な社会が非常に珍しいのはヨーロッパだけなのだ。

母系だからといって、女性が優遇されるとか、男性が権力や権威のある立場に就かないというわけではないが、社会が母系的であるかどうかは、ジェンダーについてどう考えるかをある程度示している。端的に言えば、母系社会では女性の先祖が重要で、女の子が家族のなかで重要な立場にあると子どもたちに伝えることになるからだ。

また、女性の地位や女性がどれだけの財産や不動産を相続できるかも、母系社会なのかどうかによって決まる。

マラバール出身のナヤールの女の子(写真=Klein & Pearl Studio, Madras/南カリフォルニア大学デジタル図書館/PD India/Wikimedia Commons

母系社会の女性は家庭内暴力を受ける経験が少ない

2020年、カリフォルニア大学サンディエゴ校の経済学者サラ・ロウズは、コンゴ民主共和国のカナンガで、アフリカの母系地帯に沿った都市部に暮らす600人以上を対象に調査を行い、その回答と国全体で行われた人口調査や健康調査を比べた結果を発表した。その結果、「母系社会の女性たちは、意思決定の自主性が高く、家庭内暴力への容認が低く、さらに重要なことに、家庭内暴力を受けた経験が少ない」ことが明らかになった。

また、母系社会の女性の子どもは、そうでない子どもに比べて、調査が行われた前月に病気にかかった割合が低く、平均して半年ほど長く教育を受けていたこともわかった。

研究者らの推定によると、世界のほぼ70パーセントの社会が父方居住だという。つまり、父親の家族と同居する傾向にあるということだ。